遠足……?
「遠足ぅー? 遠足ってあの遠足って認識で良いのかい? 大護サン」
「俺もその認識でいるけど、この世界の遠足が俺らの認識できる遠足でいいのかは知らん」
「えっ? 俺と同じ認識でいるの? ヤダーもう大護サンったら! やっぱり変態さんだったんだなっ!」
「友達止めるわ」
冬馬との距離を置きながらさっきリル先生が言った”遠足”について考えてみる。俺の認識だとお弁当を持って皆でキャッハウフフしながら山やら海やらにお出かけに行くのが遠足なんだけど……。
絶対に違う気がする。寧ろ絶対に違う筈。同じだったら異世界に来た意味が無さ過ぎて泣きそうになる。実際に後ろで「大護~!俺を捨てないで~!」とハンカチ片手に泣いてるバカもいるが。つーか、俺の名前を出しながら泣くのは止めろ。
ちなみに、さっきリル先生が連絡して来た事と言うのは、「来週は遠足があるから、全員しっかり準備してくるように」という事だけだった。
その一言である者は雄叫び、ある者は俯き、ある者達は机に突っ伏しながらいびきをかき、リル先生からチョークの一撃を頂いて叫んでいた。
そんな状況でもあったし、先生には遠足に関して詳しい事が聞けず。俺たちは遠足の詳細を持論で解決しようとしたのだ。
「――――という……事……ハァ、ハァ。だったんだけど。無謀、でした。……ふぃー。教えて下さいミーナさん」
「別にいいのだけれど、どうしてキリュウ君はそんなに疲れているのかしら?」
「コイツが泣きながら追いかけてきやがったのが怖すぎて全力で逃げてた」
「そのアカホシ君は顔がパンパンに腫れているのだけれど」
「コイツを泣きながら追いかけてたら捕まえた直後に全力で顔面殴られた」
「そうだとしたら何故アカホシ君は息が切れていないの……。はぁ、確認するのも億劫になってくるわ」
「「すんません」」
マジで二人して何やってんだよ俺等。校内散々走り回った挙句、同級生とはいえ皇女に怒られるって……。「別のやつだったらご褒美案件だなっ!大護!」ホントだよってナチュラルに俺の思考と会話をしないでもらえますかねぇ!?
そして今の冬馬の言葉で反応したクラスメイトが、約1/3名(全員男)いた事。俺は見逃さなかった。
「全く。それで本題に対しての答えなのだけれども……。私たちの学園での遠足というのは――――」
◆ ◇ ◆
見上げれば木漏れ日が優しく顔を包み込み、回りを見渡せば人の手が加えられていないであろう木々が、俺という一人の人間を温かく包みこんでくれている。
その木々の間を吹いてくる風はとても心地よく、清々しいもので、人ゴミに流されて変わってしまった俺の心を浄化してくれるように感じられる。
そんなおいしい空気を堪能するべく、スーハースーハーと深呼吸。隣のレイアも同じことをやっているようだ。ハハッこの真似っこさんめ!
空気を堪能したらお次は音を楽しもう。耳をすますと小鳥のさえずりと川のせせらぐ音が聞こえる。
とても良い音だ。お耳の中から綺麗になっていくようで、いつまでも聞いていたいと思える。
そんな音たちの次には、聞いた事も無いような動物の鳴き声。音にするなら「ぐごあああぁぁぁ」みたいなそんな声。まるで地の底から聞こえるような。そんなうなり声。
うん。もういいかな。
「何なんだよここはぁぁぁぁあああっ!!」
『――――ここでの遠足は、無人島でのサバイバル生活の事を示すわ。無人島と言っても、学園が所有している島だけれど。それにサバイバルと言っても、先生方も居るから今まで何か大きな問題が生じた事もないわ。勿論複数の怪我人が出た事はあるようだけれど……。キリュウ君達は強いんだし、何も問題無いと思うわよ?』
視線の先に居る馬鹿デカイ怪鳥が、昼寝してた冬馬を頭から咥え込んでる姿を見ながら、ミーナの言葉が脳内に響く。ヤメトケ鳥。ソイツ、多分筋ばっかりで美味しく無いと思うぞ。せめて筋肉をほぐす為に多少叩いてから食べたほうが良いんじゃないか?
そんな素っ頓狂なコトを思っていた矢先、怪鳥の嘴が開かれて、中から寝起きの冬馬があらわれた!
「ふあぁ……。んだよぉ。折角イイ感じの日向があったから気持ちよく寝てたってのにぃ」
盛大に欠伸をしながら、地面へと飛び降りてきた。いやいや、文句の付けるところが違うだろ。睡眠を妨害された事よりも、丸飲みにされそうになった事に文句を言え。
遠足の為に無人島に上陸して、約二時間経過。最初の内は何もなく、順調に進んでいた俺たちだったのだが、歩いているうちに唐突に開けた場所に出た。
少し不思議に思ったが、見晴らしも良かったからそこで休憩していく事になった。そんな休憩の最中に起きたのがさっきの出来事。
そもそもこの遠足、少しだけルールが決められていた。そのルールというのが、
①二十四時間無人島で生き延びる事。
②魔物との戦闘以外で魔法の使用を禁ずる。
③何人で行動しても良い。
④一人一人、与えられたノルマの魔物を仕留める事。
(Eランクであれば三匹、Dランクであれば二匹、Cランク以上であれば一匹。Fランクは除外)
という四つだ。何人でも良いとなっていたから、今回は俺、冬馬、ミーナ、ノエル、レイア、リュウ、レド、アリアの八人という大所帯で行動する事になった。
ちなみに、こんなルールが適用される事になったのは「魔力が優れている者でも、動ける体力が無い者は戦場では生き残れないであろう! 心身ともに鍛えてこそ、一流なのである!」という学園長の信念から、作られたルールなのだとか。……言いたい事はわかるけど、あの人、そんなに熱血タイプだったんだな。
魔物のノルマは、二学年の強さの平均から決められているらしい。基本的に二年生はE~Cランク程度の強さの持ち主が多くいるって事だ。
ルール確認はさておき。改めて出てきた怪鳥を確認。大きさ的には大体五メートルくらい……か? そんなサイズの鶏がどうやら威嚇しているのか、羽を広げながら鳴いている。
「こけこっこー」なんてもんじゃない。「ごげああぁぁぁっ」みたいな感じ。絶対に快適に起きられないような鳴き方する鶏を俺は知らない。
「わー! デッカイ鳥さんだねー! ウチあんなサイズ初めて見たよー!」
「ほう。あれはDランクの魔物"コカトリス"ですね。それでもこのサイズは中々お目に掛かれないと思います。ランクもCに近いかもしれないですね」
「Cに近いの!? そ、そんな魔物、ボクらだけで倒せる……のかな……?」
「出来る出来ないじゃなくてやるしか無い! オレの棍をお見舞いしてやるよ!」
「ふえぇぇ。の、ノエルくん。あんまり刺激しない方が、いいんじゃないかな」
「問題無いんじゃないかしら。だって既に絶命寸前だもの」
「「「「「えっ?」」」」」
その一言で一斉にミーナの方へと顔を向ける俺たち一同。その瞬間に後方から響く大きな音。まるで大きなものが崩れ落ちたようなそんな音だったけど……。
「おぉーいリュウー! こいつって食えるのかぁー!?」
「羽根は無理ですが肉は上質と聞きますよー。中でも目玉の裏側がやわらかくて美味らしいですー。それと討伐した証として、体の一部は残しておくと良いですよー」
「おーっけーガッテン承知ぃー! 取りあえず羽根毟って皆で食べようぜぇー!」
そんな会話を聞いた後に振替えると、顔面が大きく陥没して、既に息絶えていると見られるコカトリスの上で、勇ましく羽根を毟っては投げ毟っては投げを繰り返している冬馬さんの姿が。もう地球にいた時のアイツはいないのかもしれない。
昼食としてコカトリスを食べた俺たちは、水辺を目指して動いていた。戦闘以外で魔法の使用を禁止となっているから、飲み水の調達も、自分たちの足で行わないといけない状態だ。
ちなみにコカトリスを焼く時の火は、冬馬さんが木と木をフルパワーで擦っていたところ、ものの数秒で点いたから困らなかった。
もうアイツは人間のカテゴリから外れているに違いないと俺は思った。俺の身体能力は冬馬程高く無いし、人外カテゴリに入って無い事を祈るしかない。
――――それにしても思ってたより水辺が遠いな。
コカトリスと遭遇した場所から結構歩いたのに、まだ見つからないとは。
「あ、あのダイゴくん」
「ん?」
後方に居た筈のアリアが何故ここに。とか思ったけど、アリアよりさらに後ろの方でニヤニヤしてる筋肉と金髪娘がいたから察した。それはいいとして。
「え、えっと……さっきからどこに向かって歩いてるの?」
「あぁ。水辺だよ。こっちから水の流れる音がするから、その音を頼りにして動いてるんだけど、なんかまだ見当たらないんだよなー」
「……え?」
「……ん?」
アリアが困惑したように他のメンバーの顔を見渡す。……なんだかとっても嫌な予感が。
「え、えとえと。私も含めて皆、そんな音聞こえないって……」
そんなやり取りをしてから約一時間後。進んだ方角に無事水場を発見できた。
そして――やっぱり俺も、人外カテゴリに入ってしまっていたんだ、と。そんなコトを思い、顔の汚れを流しながら、そっと涙も流したのだった。