あーん
トントン、カタカタ。さっきとは違った小気味いい音が部屋に小さく響き、それに伴ってふんわりと鼻を擽るいい匂いが部屋中に立ち込める。その影響か、思い出すかのように腹の虫が声を上げた。そうすると勿論、忘れた気になっていた感情までもハッキリしてくる訳で。
「腹、減ったな。流石に」
よく考えれば、昨日の夜に食べてから何も食べてないんだ。一般的な男子高校生からしたらエネルギー不足になってもおかしくないくらいの断食状態とも言えるんじゃないだろうか。いや多分言い過ぎだわ、ゴメンナサイ。
にしても断食出来る人ってスゴいよな。ダイエットで数日断食してみた結果。みたいなものをブログとかに載せてる人とかも地球にはいたし、それなりに効果が期待できるからやってる事なんだろうけどさ、自分がやるという事は全く考えられん。今回みたいな致し方なし断食は致し方なしとして。なんだこの言い回し。
だって食べてエネルギーを体内に入れるんだよ? 食べなかったらエネルギー補給が出来ないという事だし、車で行ったらガソリン入れないって事でしょ? 某ゴムの人が肉食えないみたいな感じでしょ? ダメじゃん。途中で動かなくなるじゃん。やっぱり俺には無理だわ断食。うん。
……おし、余計なことを考えて大分落ち着いてきた。
何で俺がこんなに訳の分からない事を一人で考えているというと、今更ながら恥ずかしさが押し寄せてきたからだ。
だってそうだろ? 風邪で寝込んでたらクラスの美少女がお見舞いに来てくれて、何なら部屋にあがって料理してくれてるんだぞ? あーんとかしてくれるかもしれないんだぞ? そんなん照れない訳ないじゃん。照れない奴がいるとしたら、そいつは色んな意味でシュート先生とナカヨクなれるよ、きっと。俺が保証する。
落ち着いてきたと思ったけど、どうやらまだ落ち着けていないようだ。オッケー、クールに行こうぜ。ひっひっふぅー。もう今日は落ち着くことを諦めた方が良いかもしれないな。
「お待たせ。お料理出来たから持っていくね」
「んあ!? ……お、おう。ありがとうアリア!」
くだらない事とはいえ、思考を巡らせていた状態だったから、急に声をかけられてびっくりした。つーかあれ、ちょっと待って。俺が今まで色々考えてたのって、アリアに筒抜けだったりしない? 大丈夫かしら?
アリアが作ってくれた料理は、様々な野菜がふんだんに入れられたスープだった。スープと明言したけれど、その具材の量はなかなか多い。地球のおかゆ的ポジションに就いている料理なのかな。無理なく食べられて、栄養満点。心も体もポッカポカ、的な。
「お待たせ。あ、熱いの苦手だったりとかしないよね?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
早速頂こうと思って体を起こし、器が置かれたトレイを受け取ろうとしたが、手に触れる直前でトレイを引かれて手が空を切る。
不思議に思いながらもう一度手を伸ばしてトレイを受け取ろうとしたが、今度はトレイを上げられて、明らかに躱された。
「……アリア?」
俯く彼女の顔を覗き込むように目を合わせに行ってみるが、ものの見事に逸らされる。……俺はどうすればいいのでしょうか。
覗き込むことを辞めた俺は、そんなことを考えながら天井へと小さくため息を飛ばす。
「だ、ダイゴくん……」
隣からか細い声が聞こえる。どうすればいいかの答えが出るかなとか思いながら、アリアの方へと向き直る。
「はい。あ、あーん……」
顔を真っ赤にしながら、料理の乗ったスプーンをこちらへ差し出す彼女がいたのであります。現場からは以上です。
「いや、えっと……うん?」
「だ、だってさっきお部屋で休んでる時、その……こういう事してほしいって……」
その瞬間俺は起こしていた体をゆっくりと後ろに倒し、再びベッドへと潜り込む。今度は頭までしっかり布団を掛けて。
「誰か俺の事を殺してくれぇええええええええええッ!!」
俺の悲痛な叫びが誰かに届くことは無く、枕の中へと吸い込まれていった。数分後に復活してから食べたアリアの料理はとってもおいしかったです。
◆ ◇ ◆
食事を終えた大護は、アリアが洗い物をしている間に寝てしまっていた。腹が満たされた事と、大声を出して疲れた事が重なったのだろうか、とても穏やかな表情で眠っている。心なしか、先ほどよりも顔色も良くなったように見えた。
大護の眠るベッドの横に椅子を置いて座り、彼の額へと手を乗せる。良かった、熱はないみたい。アリアはそう思いながら頬を緩ませたが、無意識的に彼の体に触っているという事を自覚してしまい、緩ませた頬を紅く染め上げた。
この場に第三者がいれば、自分の体温を確認した方がいいと言われてしまう可能性があっただろう。
しかし、今ここにいるのは、眠る大護とアリアのみ。普段なら他の学友たちが押し寄せてきてもおかしくない場面。実は彼女、病人の部屋に何人も行くのは申し訳ない。学友代表として自分が向かう。と伝え、第三者の介入を阻止していたのだ。
これを聞いた殆どの学友は二つ返事で了承した。その中には勿論、彼女が彼へ特別な感情を持っていることを知っている者もいた。主に"アイツ達"である。