そういうところも含めて
お「それ以上考えたら……どうなるかしらね?」っとっとおおぉ!? 今までに感じた事のない殺気を感じたら、水の鞭で簀巻き状態にされてたぞ!?
「だ、大丈夫だミーナ。視界からの情報量が素晴らしすぎて色々大変な事を考えてたけど、今はもう落ち着いた」
水の鞭の冷たさもいい感じに熱を取ってくれている。ひんやりしてて最高です。
「……本当に大丈夫みたいね。二人とも戻ってきても大丈夫よ。もういつものキリュウ君だから」
どうやらいつの間にかアリアもレイアも、俺から大層距離を取っていたらしい。悪いことをしてしまった。やっぱり私生活でもポーカーフェイスを目指した方がいいのかもしれない。
俺を簀巻き状態にしてた水の鞭がだんだん緩くなっていき、最終的にはパシャリと音を立てて、ただの水の状態に戻った。今気が付いたけど、この魔法はあれか。ミーナの"クリスタロス"か。特訓の時以来だけど、こんな頑丈な鞭まで作れるようになってたんだな。
「当たり前でしょ。私だって修行してるんだから、技の精度も上がるわ。舐めないでよね」
俺が思ったことが少し別の解釈で伝わってしまったようで、不機嫌そうなミーナの声が後ろから聞こえる。
「いや、そういう意味で言ったんじゃなくてさ、純粋にこんな事も出来るようになったんだなって思っただけで――」
弁明の言葉を連ねながら、ミーナの方へと振り返って、俺は言葉を失った。
普段は下ろしている髪を頭頂で纏め、所謂お団子ヘアーの状態にセットされた髪。
纏めきれなかったのか敢えてなのか、サイドから下ろされた髪から滴る水滴。
その髪色よりも暗く、殆ど黒に近い色をしたビキニスタイルの水着。
その水着から伸びる、白くスラリとした両手足。
俺を止める為に疲れたのか、それとも日焼けなのか、少しだけ赤身帯びた頬。
全てが噛み合い、ミーナという一人の人物の美しさを余すことなく纏め上げているような、そんな印象を強く受けた。
「……あ、あんまりジロジロと見ないでもらえるかしら? その……恥ずかしい」
「わ、悪い。つい見惚れて――」
自分が言った事の意味を理解して思わず口元に手を当てる。今の一言は言うつもりはなかった。もう少し自分の中で言葉を変えてから、恥ずかしくならないように素直な感想を言おうとしていたんだけど……溢れ出てしまった。
……うわっ、何だこれ。滅茶苦茶恥ずかしい。
ミーナの顔も見ることが出来ず視線を逸らし続けてた俺だったが、ミーナからの反応がない事を不安に思い、どうにかミーナの方へと視線を向けた。
――ミーナは口元を隠しながら、少しだけ下へ視線を向けていた。
――頬をさっきとは比べ物にならない程赤く染めて。
熱を持っていた俺の顔が更に熱くなったのが分かった。ダメだ、今はミーナの事をまともに見ることが出来ない。
普段から可愛いとかキレイとか、思った事に関しては殆ど読まれてる事が多いし、何だったらわざとやった事もあるくらいだ。……なのに。
これは……ちょっと。何だよこの感じ。
「ね、ねぇ。キリュウ君」
「んお!? どうした?」
動揺し過ぎて声がパーフェクトに裏返った。なんだ今の情けない返事はっ!?
「その……に、似合ってる、かしら……水着……?」
口元の手を退け左手は下げた状態で、右手で左肘を掴むようにしながら、うるんだ瞳に上目遣いでこちらにそう問いかけてくるミーナ。
「あ、あぁ。似合ってる……その、すごく……」
「そ、そう……あり、がとう……」
その返事を最後に口を閉ざすミーナ。当然俺も、別の話題が振れる心境になんてなっていない訳だから、俺たちの間には不思議な静寂が流れる。
会話は終了した筈なのに、お互いに離れる事も無く、一定の距離を保ったまま、しかし目は決して合わせることはなく……出来ずに、ただただ波の行きかう音が辺りに響く。
そう考えてからふと思う。波の音しか聞こえてこないのはおかしくないかと。さっきまで近くにレイアやアリアも居たわけだし、そう遠くない位置に冬馬たちもいる筈……。
空気に耐えかねた俺は、辺りの気配を探ってみることに。
――いた。少し離れた岩場のところに他のみんなの気配を感じる。それにこの感じだと……アイツら。
「ミーナ、ちょっとゴメンな」
「えっ?」
一言お詫びを入れてから、両足に雷属性を付与して一気に気配を感じた場所まで距離を詰める。
その場所が、俺たちの位置から二十メートル前後離れた岩陰。そんでアイツらときたら……。
「くうぅぅ! ミーナちゃんのあの表情、堪らねえなおい! 今回は大護のヤツも中々いい反応してたしよお!」
「そうですね。いい写真も頂けましたし、お二人がくっつくのも時間の問題かと」
「それはどうかなー。ウチのアリアだって頑張ってるし、あの二人と決めつけるのは早いんじゃない? ほら、アリアもなんか言ってあげなって!」
「ふえ!? いや、その……わ、私だってその……ま、負けません……」
「後半失速しすぎて聞き取れなかったけどそんなアリアちゃんも最高だぜぇ!!」
「み、みんな少しは落ち着いて! あんまり騒ぐとダイゴが――」
「俺が何だって? レド」
全員が身体を跳ねさせた後、ゆっくりと声がした方……俺の方へ目を移す。俺は今、笑っていると思う。主に口元は。
「ば、バカな!? 戦ってもいねえのに大護の心が読めねえだと!?」
「そうかもな。俺の今の気持ち的には、臨戦態勢になってるような状態だから」
指輪を外しながら、足だけに付与していた雷属性を全身に施す。バチバチと心地良い放電音を出しながら、俺の身体から魔力が溢れる。
「今回は、盗み見ていた全員に制裁を加えないといけないか」
ただし女子二人にはデコピンだけだ。たんこぶ出来るくらいには力を込めるけど。男どもは……あとでゆっくり考えよう。
「さてお前たち……覚悟は出来たか?」
ゆっくりと手を前に翳す俺に対して、ゆっくりと冬馬を前に差し出してくる犯人たち。なるほど。ソイツが主犯で、こちらに差し出してきている訳か。
だがしかし、
「今回の対象はお前ら全員じゃ! 覚悟しやがれコノヤロウ!!」
俺の雄叫びを合図に、盗み見していた犯人たちへの鉄拳制裁が始まった。
◆ ◇ ◆
レイア・アリア・リュウの三人が大護の鉄拳――鉄指制裁の餌食になったところで、その三人の元にミーナは移動してきた。リュウの額には大きなこぶが出来ているが、レイアとアリアの二人には目立つ外傷は見られなかった。
聞くと、三人は大護からデコピンの制裁を受けたようだが、女子二人には直ぐに回復魔法を掛けて、一瞬の痛みだけが出るようにしていったらしい。男子たちには容赦のない一撃が贈られているようだが。
――バチィィン!!
――イッタァァイッ!!
そうこうしている間に、持ち前のスピードを生かして逃げ回っていたレドもデコピンの餌食となった。ミーナは思う。デコピン一つでどれほどの威力が込められているのかと。
怒りの形相ながらも、どこか赤面しているように見えるなんとも不思議な表情で、冬馬を追い掛け回す大護。怒りから始まった恐怖のオニゴッコだった筈が、現状を見ると、じゃれ合ってる学生にしか見えないというのがミーナの本音だった。
――まあ、それでも。
「そういうところも含めて好き……って事なんでしょうね」
思わず漏れ出たこの一言がレイア、アリア、リュウの耳にはばっちり聞こえていたようで、二人はミーナへと詰め寄り、もう一人は聞こえなかった振りをする事した。詰め寄られたミーナは、先程より遥かに紅く、頬を染める事になった。
――ヘックショイ!!
――何だ大護風邪引いたかぁ!? それとも噂されてんのかぁ!?
――ただ鼻がムズムズしただけじゃい!
「……これあれだな。オレ埋められてんの忘れられてるわ」
首だけノエルの呟きは、誰の耳にも届かなかった。