筋肉=先生
――ガギンッ! と、人と魔法のぶつかり合いとは思えない音が訓練場に鳴り響く。
手応えで全てを理解した俺は、刀を鞘に納てから冬馬の方へと向き直り、一言。
「お前固すぎ」
攻撃が当たる直前、身体強化を最低限にして、俺が狙っていた腹部への部分強化を最大にしたのだ。それ故のあの音。
「そんなこと言いながらよぉ、大護の攻撃ばっちり貫通してるからな?」
「ほれ」と見せられたのは、キレイに破れた服と数センチもない程度の大きさの切り傷だった。
「いや、俺の近距離攻撃最強の技だったんだけどさ、それっぽっちの傷しか付けられなくてかなり落ち込むんだけど」
「いや、俺の部分強化はパパさんの攻撃も無傷で耐えられる代物なんだけどさ、それ打ち破られて落ち込むんだけど」
言い合ってから少しの沈黙。そして冬馬は再度俺へと距離を詰め始め、俺は居合の構えを取る。
「そんならもう一回勝負だこの野郎!」
「望むところでぃ!」
さっきの一撃で大分体力を持って行かれたが、もう一発位なら出来る。前回の反省を生かして体力付けましたから!
再度冬馬との距離が近付き――ここだァ!
「はい、二人ともそこまでよん」
振り抜いた刀は、一人の筋肉の右手で掴み止められ、冬馬は頭を鷲掴みにされて動きを封じられていた。
「二人ともありがとねん。他の皆にもとってもイイ刺激になった筈よ。だからこれ以上は教師として止めさせてもらったわ」
「おーいおっさん。教師としてならこの止め方は問題になぁあだだだだ!」
「ンもうダメよそんな言葉遣いを先生にしちゃあ。今度言ったら頭蓋骨割っちゃうんだからねっ」
ねっ。じゃねえだろ。怖すぎんだろ。
「へッ、やれるもんならやってみやがあああいぃい今じゃない今じゃない今じゃなぁあああああ!」
そして何故その状態でわざわざ煽るような事を言うのだろうかこの子は。最早わざとやられに行った可能性まであるぞこれ。
「んなわけねえだろバカ大護!」
「シュート先生。まだ愛のムチが欲しいみたいなんでやっちゃってください」
「バッ!? おまっホントにダメ! もう魔力がなくて抵抗できなァああああああッ! ホンットにダメだからぁああああああああ!!」
今のは自業自得だ、そうに違いないと思いながら声を掛けたおっさんの方へ目を向ける。冬馬の頭を鷲掴みしてるおっさんが、恍惚とした表情でハァハァし始めてたから、魔力操作で限りなく存在をゼロに近付けてから、そそくさとその場を離れる。多分今までで一番良い魔力操作だったと思う。
◆ ◇ ◆
「――そういう訳で、今日の授業はここまでよん。それじゃ最後に、戦ってくれた二人に拍手ぅ」
冬馬も解放され、クラスメイトからの賛辞と、シュート先生から模擬戦の感想を貰ったところで戦闘学の授業が幕を閉じた。
解放された後も身動きが取れなくなっていた冬馬だったが、俺の回復魔法で多少は動けるくらいまでに復活していた。それでも魔力はスッカラカンみたいで、身体の怠さは抜けないらしい。
「何が拍手ぅだよあのおっさん。必要以上にアイアンクローかましやがって」
「もうそれ以上はやめておけってホントに。流石に俺でも止めるわ。あとお前がやられてたのはアイアンクローってよりもゴリラがリンゴ握りつぶす時のそれに似てた」
「それ遠回しに、おっさんのことをゴリラって言ってねえか?」
「イ、イッテナイヨ」
「……さっきまでの俺だったらチクってるところだったが、今はそんな気も起きねえ」
言いながら「ハフン」と情けない溜息をつく冬馬。なんだその溜息はとも言いたくなったが、マジで疲労が半端じゃないみたいだから自重しておく。
「なぁにトウマちゃん、そんなに疲れた顔しちゃって。若さが台無しよ」
「元凶が何言ってくれてんだぁ」
「……それもそうねん。ごめんなさい、つい楽しくなっちゃってやり過ぎちゃったわん」
そう言いながらペコリとこちらへ頭を下げてくるシュート先生。いや、俺は何もされてないし寧ろ加担した側だから何ともいたたまれない気持ちだ。
「ならお前も俺に頭を垂れようぜ」
「何かその言い方腹立つからヤダ」
俺の反論に対しても「……ちぇ」としか返してこない冬馬。これは相当重症と見た。復活させるには爆睡させるか冬馬が喜ぶピンクなイベントがないと無理かもしれない。
「取り合えず動けそうか?」
「ん、まあ、そのぐらいなら問題ねえな。今後の授業は全部寝てるかもしれねえけど」
そいつはよろしくないな……まてよ。
「その状態で指輪外してみたらどうなる? 修行のお陰でコントロールは出来るようになってるだろうから、試してみらどうだ?」
「あー良いかもしれねえなぁ。いっちょやってみっか」
そう言いながら指輪を外す冬馬。一瞬俺にも感じとれる程の強い魔力が溢れたが、すぐに引っ込んだ。冬馬が魔力を抑え込んだんだろう。
「……どうよ?」
「……上々だな」
どうやら上手くいったらしい。復帰したことのアピールか、その場で反復横跳びまで開始する始末だ。……そろそろやめろ、今のお前の動きは俺も殆ど見えないんだから。
でも冬馬のお陰で一つ確認できた。指輪を着けた状態で魔力がほぼなくなっても、外せば問題なくなると。実践に使えるかは謎だけど、覚えておいて損はないでしょう。
……そういや前にミーナは、魔力が枯渇したら死ぬ可能性もあるって言ってた気がするな。あ、そんな顔しないで冬馬。今生きてるんだから問題ないはずだって。
「普通はそうなんだけど、今のを見る限りトウマちゃん……というよりアナタたち二人の場合には、それが当てはまらないのかもねん」
「急に思考に入り込んでくるのはもういいとして、何でシュート先生にもばっちり心を読まれてるんでしょうかね? 冬馬の話では親しい人で多少読まれるくらいって言われてるんですけど」
「アチシとチミの関係なら……って冗談はもう言わないから、そっと指輪を外すのはやめて頂戴。アチシも本気で手合わせしないといけなくなるわん」
この人の本気も見てみたい気もするけど、それは明らかに今じゃないから外した指輪を戻す。
「ま、ぶっちゃけアチシの場合は、長年格闘家でやってる所以ってところかしら。敵に勝つために敵の考えを……というより、敵のやられて嫌なことを考えて考えて考えた。そんな戦いばかりしてたから、多少は相手の心が読めるのよん。そこに読み易い子がいたら……ねん」
戦闘において、物凄く勉強になる経験談を語ってくれている筈なのになんだろう……こう、寒気が来るのは何故なんだろう。
「それに、ミーナ様……学園だと"様"じゃない方がいいわね。ミーナちゃんが言ってた事というのは、本当に"ゼロ"の状態にならない限り起きる事じゃないわ」
「本当に"ゼロ"の状態?」
頷く変わりにいちいちウィンクを飛ばしてくるおっさん。早くも耐性が付きそうだ。
「そ。トウマちゃんがなってた状態というのは、実はまだ"ゼロ"ではないの。敢えて数値で例えるなら"五"くらいの状態だと思うわ。普通ならその状態にでもなれば、気絶しちゃったりとかで、魔力を扱う以前の問題になるんだけど、二人の場合並外れた体力も持ってるから、身体が耐えきっちゃったのかもねん。でも、それ以上の魔力の酷使は危険だと身体が判断して、魔力が空になってるように感じたのよ」
「前例がないから、殆どアチシの経験からの推測だけどねん」と最後に付け加えたシュート先生は、次の授業の準備があるからと言い残して訓練場を後にした。
当然俺たちも次の授業の準備をしないといけない。という事なんだけど……。
「なんか……マジで先生だったんだなあ、あのおっさん。いや、この一週間で分かってはいたけどよ」
「失礼な発言してるのは分かるけど、冬馬の言いたい事も分かる」
そんな感想を言い合ってる内に準備が遅れて、次の授業には二人仲良く遅刻した。