筋肉のいる日常
「私から補足すると、シュート先生は以前この学園にて教員をされていた方で、私もその時の生徒だ。今回、ダルム教官が私情により長期休暇を取られたので、それまでの代理として戦闘学の教官に復帰していただく事になった。こう見えて帝の一人だから、ダルム教官より強いというのも納得できるだろう」
「ちょっとぉリルちゃん。こう見えてってアチシに対してすごぉく失礼じゃないかしらん?」
「失礼しました。お歳召しているように見えるけど、まだまだ現役である。私の様な若い者にも負けない強い人物だと伝えたかったのですが、言葉足らずになってしまいました」
「後でお菓子あげちゃう」
「ありがとうございます」
絶対に褒めてないと思う。多分リル先生もつい本音が出ちゃったんだと思う。だとしてもおっさんの扱いに手慣れ過ぎではありませんかね?
「み、帝の一人!?」
「嘘だろ!? あんなおっさ……オネエサマが?」
「でも聞いた事があるわ。帝の一人は大柄なおじさ……オネエサマだって」
「じゃああのバケモ……ウツクシイオネエサマがその人って事か!」
クラスメイト達はリル先生の手慣れた対応そっちのけで、おっさんが帝だという事にまたもや驚き騒ぎ立てる。不思議な間が空いた上、皆が片言になっているのは、おっさんの一睨みで一蹴された結果である。
それより、帝って一般的にも知れ渡ってると思ってたけど、そういう訳じゃなかったのか?
「そうねん。帝の情報として出ているのは、四人いる事と、それぞれが地水火風の名称をつけられている事。後は大まかな身体的情報とかかしらね。アチシみたいに大柄な人がいるぅとか」
「丁寧な説明有難うございますと同時に、どうして貴方にまで心を読まれてるんですかね?」
「……あれだけ激しくした仲だもの」
「せめて激しく戦った仲とか言ってもらえますかねえ!? 一単語入れないだけで大分誤解しか生まなくなるので! あと顔を赤らめるのもヤメロォ!!」
ほら見ろ! リュウとレドが一気に俺から距離を取ったし、レイアなんて今までに見たことないくらい冷たい目で俺の事見てるし!
不幸中の幸いは、ミーナは現場にいて状況を分かってるから、隣からは何もない事くらいだ。手助けも無いけどな。
「そもそも、アンタと戦ったのは冬馬の方でしょうよ! 俺関係ないじゃん!」
「そうだけどそんな言い方しなくたっていいじゃない。アチシの裸だって見せてあげたんだ・か・らっ」
一瞬にしてクラスメイトから注がれる「マジか!?」の視線。その中で殺気のような怒気のようなモノも混ざっている隣からの視線。あの日ゲテモノからミーナを守ったのがここに来てマイナスになるとは思わなんだ。
そして蘇るあの時の記憶。砂煙に包まれた一面から、人影が見え始め、どっちが勝ったのかと目を凝らしていたところで現れたのが――危ない。一瞬意識が飛びかけた。これ以上思い出すのはやめよう。
「あんなん不可抗力でしょう! 見たくて見たんじゃないわ!」
「嬉しそうに声を上げて騒いでいたじゃない」
「早く前を隠せと騒いでたでしょーよ!」
「必死になっちゃって……照れ屋さんなんだからん」
「リル先生ェ! 通訳をぉ! 通訳を呼んでくださいぃぃ!!」
やっぱりこのおっさんには言葉が通じない! きっと独自の言語が必要なんだ! そうだ、そうに違いない!
「はぁ……シュート先生、お戯れはそのくらいにしてやってください。キリュウの精神が持ちそうにないので」
「うふ、それもそうね。トウマちゃんといいダイゴちゃんといい、みんな反応がかぁわいいからついからかっちゃうのよねん」
お戯れと抜かしたおっさんは「ごめんね、ダイゴちゃん」と言いながら再度バチコンとウィンクをかましてきた。わかった。許しません。
それより今更だけど、未だに気絶した状態の冬馬とノエルは一体どうしたんだ? ボロボロなのは何かやらかしてリル先生の鉄拳がくだったとしても、普段だったら起きていてもおかしくない時間が経ってる筈だけど。
「あぁ。二人に関してはまた覗きを遂行しようとしていたからな。私が愛の鞭を加えて」
「アチシが覗かれてあげたのよん」
ウフンアハンと言いながら体をくねらせ、不思議……不気味なポージングを見せるおっさんの前についに男子数名の意識が刈り取られたところでホームルーム終了の鐘が鳴る。
ダルマさん……いや、ダルム先生……早く帰ってきて。
◆ ◇ ◆
「シュート先生! こんな感じでどうでしょうか!?」
「あら! さっきよりもうんと良くなってるわね。あとはもう少し肩の力を抜いてみなさい。今よりも動きに滑らかさが出るし、魔力消費も少なく済む筈だからねん」
「分かりました! ありがとうございます!」
「シュート先生ー! 足捌きを見てほしいんですけど良いですか?」
「いいわよーやってみて頂戴。……ふむふむ。それだったら途中の動きを……こんな風に、してみたらどうかしら? アナタの戦闘スタイルだったら、こっちの方がいいんじゃないかと思うわん」
「確かにその動きの方が良さそうです! 試してみます! ありがとうございます!」
「シュートさーん。見てこの新しい装飾! ちょーかわいくないですか?」
「いやーん、スゴォく可愛いじゃないのぉ! どこで買ったの?」
「学園から歩いてすぐの場所にある小道具屋ですよー。あの大きい黄色い看板のお店」
「あそこね! アチシも放課後に行ってみるわ! でも、授業の妨げになるくらいは着けちゃダメよぉ。邪魔になっちゃうし、何より壊れちゃったら勿体ないでしょ?」
「わかってますよー。しっかり気を付けまーす!」
……シュート先生が来て一週間が経過した時の戦闘学の授業。登場のインパクトが強すぎたおっさんだったが、教官就任後一週間にして既に馴染みまくっていた。
どうやら教え方が分かり易いという事と、どんな話題でも相談できる事から、男女問わずの人気者になっているとの事。中には恋愛相談までしている人もいる……らしい。そして成就しているとかしていないとか。
今も戦闘学の授業が始まる前の段階だけど、自主的に取り組んでいた生徒からの質問攻めにあっている。なんか関係のない会話も見られたけど、それにも対応出来るのがスゴイ。やっぱりスゴイ人なのかもしれないと思ったよ。変な面多すぎて忘れがちだったけど。
「……そろそろねん。はーいそれじゃあみんな集まりなさい。今日は特別授業をしたいと思いまーすっ」
そう聞いた俺は咄嗟に身を固める。初日に言い放った[特別個人授業]という単語が若干のトラウマになっているからだ。マジやばかったからね? あの時のおっさんの表情。絶対本気でやるつもりだったと思うし。
……いや大丈夫だ。今更そんな事にはならないだろう。あの人だって今は先生という立場な訳だし……だいじょうぶに決まってる。
「先生ー、特別授業って何をするんでしょうか?」
「うふっ、それはねん」
ギラリと鋭い眼光が俺を捕らえる。あ、ダメかもしれん。