筋肉、襲来
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――はッ!? 夢、か……危なかった、もう少しで男としての尊厳をなくすところだった。
身動きが取れない状態で、オネエ口調の大男二人に迫られる夢なんて……何が悲しくてそんな夢を見なきゃならんのだ。……思い出したら悪寒が。というより、変な悪夢のせいで汗びっしょりだわ。
時間に余裕もあったからそのままシャワーを浴びて汗を流す。こっちに来て一番気持ち悪い汗を掻いてしまった。運動した後とかの汗だったらそんなに気にならないんだけどな、これはダメだわ。
シャワーを浴び終えて、軽く朝食を済ませて寮を出る。
「うわ、外は暑いなーおい」
二学期(と、俺の中では勝手に思ってる)が始まってから早二週間。地球だと多分七月下旬~八月上旬くらいの感じかな。暑さ的には大体そのくらいだと思う。
暑いのは間違いないんだけど、地球と違って蝉の鳴き声が聞こえてこないから、何だか不思議な感じがする。
それと車。今更感凄いけど、やっぱり魔法の世界のミリアルでは一台も走ってないから、そういった騒音も全くない。なんだかちょこっと寂しくも感じる。
そんなことを考えながらのんびりと学園へ向かう。大体途中で誰かに遭遇して、一緒に向かうというのがいつもの流れだったけど、今日は珍しく誰とも会わず。
「おーはよー」
軽い挨拶をしながら教室の扉をオープン。クラスメイトから疎らな返事を貰いつつ自席へ向かうと、見知った金髪女子に席を強奪されていた。どうやら俺の席の隣に居られる、大和撫子と話すために犯行に及んだらしい。
「あ! ダイゴおっは~!」
「おはよう、キリュウ君」
「二人ともおはよう。まだ時間あるし話してるか?」
「ありがと! お言葉に甘えるとするー」
という訳でレイアによって残り数分強奪され続ける事になった俺の席に鞄だけ放置して、代わりにレイアの席を頂戴する事に。隣は冬馬の席、斜め前にはノエルの席があるが、どちらともまだ来ていない。いつもの事だけど。
「おはようございます、ダイゴくん。またレイアちゃんに席取られちゃったの?」
「おはようアリア。そういう事です。だからまた少しの時間よろしく」
「ふふっ、よろしくね」
レイアの前の席に座るアリアと、毎度のことのような反応で会話を始める。
実はレイアに席を明け渡すのは今日に限った事じゃない。寧ろ週に一回は取られているかもしれない。その都度こうしてアリアと朝の時間を過ごしているもんだから、お互いに慣れたものである。
とまあそんな風に普段通りに朝の時間を過ごしていると、あっという間に鳴り響く鐘の音。それと共に教室へと入ってくるリル先生と、滑り込んでくる冬馬とノエル。この合図でレイアも自然と戻ってくるから、俺も勿論自分の席へと戻る。
しかし今日はいつもとは少し違い、冬馬とノエルはまだしも、リル先生まで教室へ入ってこなかった。
あの二人は三回に一回は滑り込みアウトをかましてくるから分かるとして、リル先生まで遅れてくるのはなんだか心配になる。
案の定クラス内でも、リル先生が来ないことに対して多少のざわめきが起こった。
「珍しいな、リル先生がまだ来ないなんて」
「そうね。先生が遅れるのは、キリュウ君たちがこの学園に来た日以来かしら」
「という事は、また誰か編入して来たり?」
「可能性はあると思うけど……そう何度もある事じゃないわ。キリュウ君の編入だって、結構異例だったらしいわよ」
そんな初耳情報を貰いながら、一度教員室にでも向かってみた方が良いのかと思い始めた時、勢いよく扉が開いた。
と思った矢先飛び込んで……いや、放り込まれるように入ってきた二人の男子生徒、冬馬とノエル。見たところかなりボロボロになっている。そしてリル先生がまだ……という事は、またリル先生にお灸を据えられたんだろう。
まあここまでは何度かあった事だし、俺も含めてクラス中から「まーたあの二人が冒険してきた」程度しか思ってなかった。
「遅れちゃってごめんあそばせぇ。みんな静かにしてねぇん」
聞いた事のある口調と声をした、筋骨隆々のおっさんが入ってくるまでは。
冬馬とノエルの登場により、一度は落ち着いたクラスの空気は、一人のガチムチによってまずい方向の静けさに包まれた。
誰も声を発することができず、ただただガチムチを見つめるだけの状態になっていた。
そんな中俺とリュウとレドは、教室の最後尾まで一瞬でさがり、呼吸を整えていた。
「はあ……。だから私よりも先に、教室に入らないでくださいとお伝えしたではないですか」
「んもう、リルちゃんったらまだそんなこと言ってん。いいじゃないのよ、このくらいのサプライズがあってもっ」
「……貴方の場合、そのサプライズ一つで命の危機を感じてしまう子もいることをお忘れなく」
「いやん、手厳しっ」
クネリと腰をしならせるガチムチの姿に、クラスの男子の大半が震え上がる。その様子を見て投げキッスをしてくれやがったガチムチの姿を見て、クラスの男子全員の喉から「ひぅ」というか細い声が鳴る。
そんな俺たちの様子を見かねてか「コホンッ」と小さく咳払いをしたリル先生が話し出す。
「改めて、遅れてしまってすまなかった。臨時教員として赴任された先生を出迎えていてな」
「臨時……教員……?」
まさかという気持ちを抱きつつ、ゆっくりガチムチヘと視線を送る。ウィンク攻撃。男子全員砕け散りかけた。
「ということでっ、ダルム君の代理を勤めることになった''シュート=カルベル''ですっ。気軽にシュートせんせって呼んでちょうだいねん」
「呼べるかっ!」
「あら、元気一杯ねダイゴちゃん。でもそんな言葉遣いじゃダメじゃない……あとで特別個人授業しないとね」
「大変失礼いたしましたシュート先生! なのでそれはどうかご勘弁を!」
机の上に土下座しながら許しを乞う。背に腹はかえられぬとはまさにこの事なり。
「あ、あの……ダルム先生の代わりって事は、戦闘学の先生って事……ですか?」
「そゆことね。でも心配しないで大丈夫よ。アチシ、彼よりもずっと強いから」
俺に救いの手を伸ばしてくれたのか、はたまたたまたまなのかは知らないが、アリアの質問によって、おっさんの標的から外れることが出来たらしい。後で無茶苦茶お礼する。
そんな俺の心情はさておき、ダルム先生より強いという言葉に周りは少しざわめいていた。
……つーか達磨さん……ダルム先生って名前だったんだな。