街の夜
再度購入してきた肉で腹ごしらえをした後は、買い物を再開。結局夕方近くまで街を回っていた。
心の中では「もう十分に買い物を楽しんだんじゃないですかね?」という言葉が暴れまわっていたのが真実だったけど、どうにか外に出すことは防げた。いや、出したからといって問題があるわけではないが。
既に俺たち二人の視界を塞いで、各々の頭の高さとほぼ同じになっていた荷物は、買い物が終了した今となっては頭の高さを裕に超え、俺たちが歩いてるんだか、荷物に足が生えたんだかが分からない状態になっていたと思う。
正直、もう女子の買い物に付き合うのは懲り懲りだとまで考えてしまう。
ミーナとレイア曰く「こんなに買う事は殆どないから、また付き合って欲しい」との事だが……本当か? そんな事言ってまた大荷物持たせるんじゃないのか? とか言ってやるつもりでいたのに「付き合って欲しい」の破壊力に負けて、サムズアップのみで返してしまった自分が情けない。
そんな中冬馬さんは相変わらず「心の目で……見るのじゃよ」とばかり仰っていた。途中で一度「――見えたッ」と言い始めた時は、本当に他人の振りをするかを悩んだほどだ。
そんな思いをどうにか堪えて「ぉ……ぉぅ」とだけ返せたのが、今から大体三時間前。
自室に戻った俺はいつも通り部屋の隅で能力の訓練を終えて、ベッドにダイブしたところ。いくつになってもやめられないこの感じ。
来た当初は、少し使っただけでも肩で息をするくらいキツイ状態だったけど、それも少しましになり、なんということでしょう。威力のコントロールが利くようになってきました。
……と言っても、着弾点から辺り構わず消し飛ばしてた状況から、多少の範囲指定が出来るようになった程度。しかも結構集中しないと失敗するから、取り敢えず使ってみるみたいなことはまだ出来ないけど。
多少のコントロールが出来る様になった事に合わせて、もう一つ確認出来た事がある。この"能力"だが、自分を巻き込む事にはならない可能性が極めて高い。ということだ。
事の経緯については、夏休みに行われた超強化合宿期間。国王様の鎧を壊す方法が見つからなかった時、誰もいない訓練場で可能な限り大きな次元玉を作ろうとしてみた事があった。
拳程の大きさまで到達して「割といけるなー」なんて油断した瞬間、一気に制御が出来なくなり暴発した。
腰を抜かすほど驚いたし、一瞬死を覚悟した部分もあったが、結果はこの通り。今も元気に生存している。ちなみにミーナにはこっぴどく叱られた。せめて誰かに言ってから取り組めと。仰る通りで。
そして俺がいた場所は、ゼルが作ったオーガ(仮)の時とは比べ物にならないほどのクレーターが出来ていたのだ。
それを見るに、俺自身には影響が無いものと考えてはいるが、暴発した結果でもあるから、確証は得られない。だから敢えて"可能性が高い"で留めている。
それに、自分で使った魔法が自分にもダメージを与える。という事もその時に確認しているから、より確証が得られない。
まあ"能力"と"魔法"は別物。という違いもあるかもしれないけど、もう一度試してみようという気にはなれない。怖いし。
何はともあれ、その暴発があったからこそ、多少の調整が出来る様になり、自分の能力についても多少知れた訳だし、結果オーライという事にしておこう。
……とか色々考えていたら、急に眠気が来た。
普段だったらもう少し起きている時間ではあるけど、今日は買い物の付き添い……いや、荷物持ちだな。いつもと違う事をして疲れたし。
「……寝るか」
一言だけ呟いて目を閉じた俺の意識は、あっという間に暗闇に沈んでいった。
◆ ◇ ◆
ここは夜のメリト王国街。昼間と同様に活気のある姿が見受けられる街並みだが、昼間空いていた屋台や、武器屋、小物店等は軒並み電気を消し、代わりに酒屋や宿屋、街灯といった光が街中を照らしていた。
昼間には肉が焼ける香りで埋め尽くされていた道路も、日が落ちた今となっては、甘い香りが道全体へと立ち込めていた。
そんな香りに誘われ、男女で何処かへ消えていく二人組もいれば、その様子を見てから自らの財布へと視線を落とし、小さくため息を吐き出す男もいる。
そんな夜の街の一つの店で、二人組の男が酒を煽っていた。
二人とも相当飲んでいるのか、頬は赤みを帯び、呂律はどことなく回っておらず、瞼もかなり重そうな様子だ。
「ぶはぁーッ! にしてもよぉ、昼間のガキ共。マジでムカつくぜ」
「んぁあ? まぁだいってんのかよグリッド。あんなガキたちの事なんて、酒でも飲んで忘れんのが一番だろーよ」
昼間にミーナとレイアに声を掛け、大護と冬真によって撃退された男たちだった。
「そうは言うがよぉ、冒険者の俺たちが、あんッなクソガキにしてやられたんだぞ? ゲイルだって内心ムカついてんだろ?」
「んー最初はそうだったけどよ、なんか圧倒的にやられすぎてどうでもよくなっちまったっつーか……どんな攻撃で倒されたのかも判らなかったしよぉ。ああいうのを天才って言うんじゃね?」
グリッドと呼ばれた男の悪態に対して、あっけらかんとした様子で答えるゲイルというもう一人の男。
「……けっ、つまんねぇ男だ」
「そう言うなよ~グリッド~。何ならこれからその辺うろついて、いい女探しに行こうぜ? 昼間の事なんていつまでも考えてると勿体ねえって」
「……それもそうだな」
「よっしゃ! そうと決まれば早速行こうぜ~!」
こうして二人の男は店を出た。
しかし、二人の男は、この日を境に街で姿を見かけなくなった。
冒険者が行方不明になること自体は珍しい事ではなかった為、二人をよく知る人物たち以外の間では、大きな騒ぎになる事はなかったが、店を出た二人がもう一人別の男と一緒にいるのを見かけたという声が上がった。
素性は不明。見た目の特徴としては、大柄で筋肉質な男。
そして、口元を布で覆い隠していたという。