日常の一コマ
おっす、冬馬さんだよ。
現在教室に向かって力の限り疾走中だ。朝の運動にはバッチリだけど、良い子のみんなは真似したらダメだぜ?
現にさっきも戦闘学の先生の……のぉ……あの、えーっと……達磨さんに注意されちまったからなぁ。勢い有り過ぎたせいか「――ぉおかをぉぉ――」くらいしか聞き取れなかったけど、多分あれ廊下を走るなって言ってたと思うし。
ちなみに俺が朝から校内を疾走しているのは訳がある。それはそれは深ぁーい理由があるんだ。
その理由は後から話すとして、だ。今は一刻も早く教室に入らにゃならん。
制限時間まであと十秒弱。現在二階への階段を駆け上がっている最中。ここを抜ければ目的の教室までは直線のみ……いける!
手すりを掴んで階段から廊下へ。勢いを殺さないまま最後の直線を――レッツゴー!
最高速度を保ったまま一気に駆け抜ける。タイムリミットまであと……五秒を切った! だがしかし、
「おぉぉぉいっ――しょぉぉぉ!!」
決死の横っ飛び。扉をぶち破りながら体ごと教室へと放り込む。
その瞬間鳴り響く学校の鐘の音。普段は色々な意味を持たせてくるこの音が、今の俺には時間との勝負に勝った、勝利のファンファーレにしか聞こえねえ。万歳を繰り返したい気分だ。
……いや、万歳なんかじゃ、この感動を表すには足りない。
一度大きく息を吸った俺は、そのまま感情に任せるように――
「いよぉぉぉ「何を喜んでいる?」
耳元で囁かれた言葉を切っ掛けに、全身が鳥肌に包まれる。この悪寒を……俺は、知っている。
「新学期早々、元気なのは素晴らしい事だが……この有様を、どう考える?」
紡がれる言葉に耳を傾ける暇はなく、俺の脳内を掛け巡ったのは"あの日"の出来事だった。
「おや? 有り余っていた元気は何処に行ったんだ? アカホシ」
忘れもしないいや、忘れることなんて出来やしない……ビックイベントがおじゃんになったあの時と同じ感覚。
「今回もまた、現実に戻してやる必要があるようだな」
その悪魔の囁きを最後に、俺の意識は途絶えた。
「お前はホント……何やってんだよ」
「仕方ないだろお、深い深ぁーい理由があっての事なんだから。寧ろ遅刻しないように精一杯努力した事を評価してほしいくれえだよ」
「あははー、努力の方向に間違いしかなかったねー」
「一応聞いておくけど、アカホシ君が遅刻した深い理由というのは一体何かしら?」
「寝坊した」
「ハァ……だと思ったわ」
「"深い"理由というより"不快"な理由、だな。主に聞いた俺たちに対して」
「だァれが上手いこと言えと」
新学期の挨拶が終了した午後。今日は授業はなく、そのまま帰宅していいとの事。挨拶の為だけに学園に来ていつと考えると何だか複雑な心境。
見事な滑り込みアウトを見せて、挨拶の前に強制連行を喰らった冬馬だったが、実はものの数分で戻ってきた。その後小一時間くらい「ガタガタガタガタ」としか言ってなかった。青い何かに遭遇したのかもしれない。
つーか帝と互角の勝負が出来る様にもなった冬馬を、こんな状態にするリル先生の強制連行……一体何が行われているのか。知りたいけど踏み込みたくない。
今はそんなタケ……冬馬と俺、後はレイアとミーナの四人で教室で談笑中だ。
ノエルとリュウは訓練場へ急行し、レドとアリアは職員室でリル先生のお手伝い。……あの二人に"お手伝い"って言葉、メッチャ似合うな。よし、これから使っていこう。
「俺も同感とだけ伝えておいて、と。大護はこれから何か用事有りか?」
「いや別に。今日は特訓とかする気もなかったし、部屋でのんびり過ごそうかと思ってた」
あわよくば夕方くらいから寝てしまおうかなと。うーん贅沢。
「ならよ、ちょっくら街に行かねえか? 買いたいモンがあってよお」
「街か……」
そういえばこっちに来てから殆ど行った事が無かったな。ミーナと行った時は途中から見て回るどころじゃなかったし。
「分かった、行こうぜ。ちなみに何を買うんだ?」
「双眼鏡」
……利用目的が分かってしまう自分が嫌だ。
「ノエルと行った方がいいんじゃないか?」
「アイツに持たせるにゃまだ早い」
んな訳あるかい。
「なになに買い物ー? ならウチらも一緒に行くー! ね、ミーナ」
そう言ったレイアは、後ろから抱き着くようにミーナにくっ付く。いつも通りなのか、ミーナからはあまり気にしている様子は見られない。ええですなぁ。
「ええですなぁ、女の子同士がくっ付いている光景は。なあ大護」
完全に冬馬と同じ事を考えていたのは複雑な心境だけど致し方なし。男の子だものと言い訳をしながら無言でサムズアップ。ミーナ達の方からため息が聞こえてきたけど、聞こえない振りをしてその場を凌ぐ事に成功した。