それぞれの動きと迎える新学期
「その後氷帝は、ギルド"精霊の涙"のギルドマスター室に転移。治療班と一緒に、僅かに息があったマスターの手当てに取り掛かったッス。早期の治療に移れたからこそ、マスターは一命を取りとめたんスが……未だに意識は回復してない状況ッス」
ウィードさんから語られた話に対して俺たちは、ただ驚愕を見せるだけしかできなかった。
俺も冬馬もナックさんの強さは知っている。実際に手を合わせたわけではないけど、特訓に入る前の俺たちよりも遥かに高みにいたのは間違いない。
他のみんなもそうだろう。"ミリアル"では【闇夜の閃光】という二つ名で知られていた程の人だ、弱いわけがない。……レイト。俺たちと同じ地球人で、"空上都市ナス"で俺たちが圧倒的に敗北した相手。
「あ、あの……現地に向かった他の帝の方々は、どうされたんですか?」
おずおずと手を挙げてウィードさんに質問したのはアリアだった。そういえばまだ【氷帝】のお姉さんも【地帝】のおっさんの姿も見ていない。
アリアからの質問に対して、ウィードさんは軽く微笑み、言葉を返した。
「お二人は平気ッス。ローナさん……氷帝は、初めのうちは心身共にって感じだったッスけど、今は徐々に回復してるッス。地帝のおやっさんに関しては、マスターが倒れた今だからこそ、誰よりも動いている程ッスよ。……ホント、凄い人ッス」
その一言に俺たちは皆一斉に息をこぼす。特に俺たち地球人とミーナの計五人は、レイトの強さを知っているだけ、安心感が強いだろう。
「みんなが炎帝と共に特訓に勤しんでいてくれていた事は、オイラたち帝も全員知ってる事ッス。マスターからの指示ッスからね、炎帝に聞きましたけど、ダイゴさんとトウマさんは、炎帝の"炎龍鎧"をぶち壊したらしいッスね。たった一月で凄い成長ッスよ」
改めて面と向かって言われた事に少し照れ臭くなる。でも二対一の状況じゃないと出来ない戦い方だったし、実戦でとなるとどうなるか……。
「その不安は不要ッスよダイゴさん。炎帝の事ッスから、実戦さながらで動いてる筈なんで、今回の成果は十分に胸を張れる事ッス」
そう話したウィードさんはそのまま国王様の方へと視線を動かし「そうッスよね?」と問いかける。それに対して国王様も大きく頷き肯定を示す。照れ臭さはより一層強みを増した。
「話を戻すッス。マスターは今話した通りの状態になってしまったスけど、この状態で嘆いているだけだと、復活したマスターに笑われるッス。笑われた後にどやされるッス。"その程度の事で狼狽えるな"とか言われるッス」
その程度って……帝のトップに立つ男がやられた事をその程度とは言わない気がするけど。
俺の心情を再度読み取ってか、「ハハッ」と小さく笑うウィードさん。
「マスターはそういう人なんスよ、ダイゴさん。だからこそオイラたちは直ぐに立ち上がれて、剣を守る事もできたッス」
「ですが……」と晴れていた表情を再度曇らせたウィードさんは言葉を続ける。
「かなりマズイ状態になっている事は事実ッス。こちらの手にある女神の力を宿した道具は剣と本。この二つが相手に確保された瞬間――この世界は終わります。何とか状況を打破する為に相手の拠点を探している状態ッスけど、未だ手掛かりはない状態ッス」
次はどうにかして先手を打ちたいということなんだろうけど、かなり雲行きが怪しい状態だな。
「そこで先ず、アナタに協力をしてもらいたい事があるッス!」
俺の不安を掻き消すように声を張り上げたウィードさんは、ビシィ! という効果音でも付きそうな勢いである男を指差す。
「ま、妥当な考えだわなァ」
白衣のお兄ちゃん事、ゼルだった。
正直、俺もそんな予感はしていた。ゼルの詮索魔法の力の事もあるけど、コイツはアナヴィオスの一員でもあった男だ。不本意かもしれないけど、俺たちの中では一番相手の事を理解しているのは間違いないだろうから。
白衣のポケットに手を突っ込みながら立ち上がったゼル。その姿が意欲的に見えたのか、声を漏らして喜びを表すウィードさんだったが、彼から言葉が紡がれる前にゼルが釘を刺す。
「全面的に協力はするが、過度な期待はすンじゃねェ。言っちまえば、俺様もアイツらに利用されてたってだけだから、どこまで調べられるかはやってみねェと分からねェからな」
「それでも十分ッス。協力、感謝するッス!」
そのままウィードさんからは、今後の動きに関して分かったら連絡するという話がされて、話し合いは幕を閉じた。ゼルはそのままウィードさんに連れられて部屋を出ていき、リンちゃんもゼルに続くようにして部屋を離れた。
ナックさんがレイトに負けた。最初に聞いた時は勿論驚いたけど……変な言い方かもしれないけど、予想外という訳ではなかった。
それは、俺がナックさんの本当の実力を知らない状態だったって事もあるし、その反面でレイトの強さを身を持って知ってしまっていたって事もあると思う。
でもそれ以上に、アイツとは俺が……いや、俺と冬馬が決着をつけないといけないんだと思う。そんな風に考えを巡らせている俺に向かって話しかけてきたのはやっぱり冬馬だった。
「やべえ話になってきたなぁ。あのクソ野郎にナックさんが負けちまうなんて」
「あぁ、多分アイツとは、俺たちが決着をつけないといけないんだと思うんだ」
「……俺もそんな気がしてた。異世界人として。そして」
「――地球人として、な」
「そゆこと。これから特訓行くけどよ、一緒にどうだい?」
「勿論行くぜ」
国王様に認めてもらえたのは事実だけど、まだまだ現状で満足するわけにはいかないからな。それに、五属性混合魔法の精度も高めたい。
あれだけの魔法だから、満足の出来る結果になるまでは時間が掛かると思うけど……せめて一発使っても気絶しないくらいにはしておかないとな。そこまで冬馬に頼るわけにはいかん。
「ちなみにだけど大護、今日の特訓の内容は決まってるか?」
「いや? 決まってるって訳じゃないけど、五属性魔法の為に、何かしら魔力操作の出来る事をしようと思ってるくらいだな」
「そっか。ならよ、俺を的にして魔法の練習とかどうよ?」
そういう趣味はない……といつものようにおちゃらけようとも思ったけど、今日は止めておこう。
「そうか、ついに目覚めたのか」
「おーい、二秒前の自分の思考を捨て去るんじゃねえぞーい」
ダメだった。我慢できなかった。
「正直俺にとってもありがたい申し出ではあるけど、何でまたそんな提案を?」
「いやな、俺もパパさんのやってたアレを完璧にやれたら、魔法を防ぐ為に足止めたり、回避に気を回したりする必要なくなるよなぁと思ってな」
"アレ"と言いながら両拳を振る冬馬。ああ、魔法を素手で撃ち落としてたあれか。でもコイツも既に同じような事やってた気が……。
「それっぽい事は今も出来るし、原理も分かってるぜ。ただ、今の俺は全部を力任せに無理やりこなしてたって感じ何だけどよ、パパさんのはそれに技術が加わってた。角度とかタイミングとかをドンピシャに合わせて、必要最低限の力だけであれをやってるから、次の行動に移るのも早ぇし、体力もそんなに必要としない。肉弾戦をやる上では、かなり重要な事だ」
「お前急にメッチャ喋るやん」
「え? まさかの感想そこ?」
「ごめん、ちょっと衝撃が強すぎてさ。俺の中で勝手に三行以上は喋らないやつだと思ってたから」
「スゲーや大護さん、心の抉り方スゲーや」
なんとなく申し訳ない気持ちになりつつも訓練場へと向かうことに、他の皆も誘ったところ、集まったのはノエルとレドとリュウのチーム野郎。女性陣はどうやら、明日から始まる学園の新学期……って言っていいのか? まあそれの準備をするようだ。
チーム野郎に関してはリュウ以外「今日の夜やればいい」で一致。ちなみにリュウに関しては今朝すでに終わらせてきたと。出来る子。
訓練場では、俺は只管に魔力操作も兼ねて冬馬へ魔法を撃ちまくる。それにリュウが加わりつつ、レドとノエルは模擬戦時々魔法撃ち放題に参加。
そんな感じで進めていた筈が、冬馬へ撃った魔法がほぼ全て殴り消される状況に、俺も含めて四人ともちょこっとイラッときて、結局後半からは四人で一斉に魔法を撃ち込んでた。彼の「あっちょま――」という最後の言葉は誰かが忘れない筈。
「おいこら。なあにを勝手に俺にとどめ刺してくれてんだてめえさんは。せめてお前さんが覚えておけい」
思えばアイツと初めて会ったのは――
「え、うそ、続けんの? 俺もう既にツッコミ済みだよ?」
「何か楽しくなっちゃってつい……えへへ」
「やかましいわ」
新学期が始まる。