最大対最強
「……さぁて、どうだかねぇ」
「……おいおい。こればっかりは、洒落にもならねえぞ」
レイトからの返答は、核心には至らせないような濁らす回答だったが、ナックはどこか核心を得ていた。
この男は、回復魔法を使用している。もしくは、何らかの方法で、己の傷を治療していると。
「"インフェルノ"ッ!」
再び、真紅の業火がレイトを襲う。しかし炎に捕らえられる前に、レイトの一閃によって魔法自体が消される。回復をしているだけではない、レイトは戦いながら力を更に上げているのだ。
(こりゃあ……マジでやばいかもしれねえな……)
魔法を消滅させられながらも、レイトとの距離は詰めさせないように立ち回るナック。しかし――
「"シャイニング・レイン"ッ!」
「そらそらそらそら――――ッ!」
動きに機敏さが戻り、ナックの魔法を全て回避し始めるレイト。苦渋に満ちた顔を浮かべながらも、レイトの動きを見ながら次の攻撃を組み立てるナック。お互いの動きを読みながら続いた戦いだったが、その均衡がついに崩れる。
「――ここだッ!」
「ぐあッ!?」
レイトからの攻撃を寸前で躱していたナックだったが、ついにその姿を捕らえられる。たった一撃を喰らった程度ではあるが、この先自分の今までの戦法は通用しない。一度捕らえられたナックはそう考えていた。
実際問題、その通りだっただろう。レイトにはすでにナックの動きが視えていた。次もう一度同じ事をしていたら、確実にその命を狩りとっていた筈だ。
それを予感したナックは、逃げながらの戦いを止め、その場で足を止め、両の手に自身の魔力を集めはじめた。大きな隙を見せながらではあるが、確実に魔力を貯めるナック。その量は、大護が本気で魔力を貯めた量の、数倍はあっただろう。
ナックの体内から集められた想定外の魔力に、レイトは動揺を見せる。動揺を見せながらも、彼がナックのその動きを止めることは決してなかった。彼の本能がそれを許さなかったのだ。
"強い者に勝つ"。その本能が。
「――待たせて悪かったな」
ナックがその手に持つのは、黒と白が入り混じる巨大な球。ただ暗黒と極光を極限まで詰め込んだだけの代物。その分、全てのベクトルが力に働いたその魔法は、ナックの持つどの魔法よりも威力が高かった。
「これは……今の俺っちでもマズいかもね」
「そりゃよかった。テメエを消し飛ばせる可能性があるなら……十分だ」
一度呼吸を挟み、レイトを見据えたナック。そして――
「"ディスティニー・スフィア"ッ!!」
「おおおおおおおおああああああッ!!」
ナックの最大攻撃魔法と、レイトの最強の身体強化が激しくぶつかる。正に、互いの最後の一撃。
その一撃が、切って落とされる――
◆ ◇ ◆
ナックたちが戦う洞窟へと歩を進める者がいた。ローナとシュートだ。引き返している途中で目を覚ましたウィードへ事情を説明し、女神の魔力を宿した剣を託してから、ナックの元へと戻るために足を進めていた。
先を急ぐ二人の間に会話はない。息遣いと駆け抜ける足音のみが辺りに響き、その足音が、二人の焦りを如実に表現していた。
どうか、どうか無事でいてほしい。たったそれだけの思いが二人を突き動かす。
あと少しで最奥、そのタイミングで、僅かに声が聞こえてくる。
「――っ! 先生っ」
「ええ、間違いないわ、ナっちゃんの声よ。急ぎましょう」
疲弊した身体に鞭を打ち速度を上げる。心なしかローナからは、少し笑みも見れる状態になっている。少なくとも"生きている"という可能性は上がったのだ、当然と言えば当然だろう。
そんなローナの表情を見たシュートは、一度小さく微笑んでから表情を引き締めてから言った。
「ローナちゃん、戦闘準備」
「うん。――分かっている」
ローナから【氷帝】へと変わり、いつでも魔法を撃てるよう、魔力を高めた状態を保つ。シュートは身体強化を強め、先の戦闘でも見せた"ネオ・デビル"状態へと変化する。
入口が見える。そのままの勢いで最奥の広場へと辿り着いた二人の目に映ったのは――
「あばよ閃光。こっちに来て一番楽しい……殺し合いだったよ」
――傷だらけのレイトによって腹部を貫かれ、地面へと倒れるナックの姿だった。
ローナの悲鳴が広場に響く。その悲鳴を合図にしたかのように、シュートがレイトへと急接近。ナックとの戦闘により消耗していたレイトの反応が遅れ、シュートからの反撃をまともに喰らい、地面へと叩きつけられ、そのまま数回のバウンドをしたところで止まった。
「ローナ! 急いでッ!!」
「――はい!」
ナックの体を確保したシュートは、魔力を高めていたローナへ転移を促す。レイトが立ち上がって来ないかどうか。また転移を阻害されるような事が起きないように。
地へ伏せるレイトへの警戒を続けるシュートには、そんなたった数秒の出来事が、限りなく長い時間に感じただろう。
しかし結局、レイトは身体を起こす事なく、転移も成功し、三人は転移によって洞窟から姿を消した。
三人の姿が見えなくなって直ぐ。俯せ状態のレイトがゆっくと動き出し、その体を横に転がして仰向け状態となる。
「流石に……しんどかったわ……ちょっと寝てから帰ろ」
一言空へと呟き目を閉じる。彼の身体に刻まれた傷は、すでに三割ほど回復していた。