魔法もろくに使えない
そして、ミリアルのトップである帝たちが、そんな隙を逃す訳がない。
「"テンペスト"ッ!」
上空からウィードの風属性上級魔法が、体勢を崩したレイトへと襲い掛かる。
発生した風がレイトの体を巻き込み、まるで檻のように逃げ場をなくしていく。勿論逃げ場を無くすためだけの魔法ではない。中にいるレイトは体中に裂傷が刻まれ、激しい暴風の中では呼吸もままならない状態だろう。――本来ならば。という言葉が付いてしまうが。
風属性上級魔法が突如として散開する。散開した魔法の中央、そこには、右腕を横に振りぬき、空間を薙ぎ払ったかのような状態のレイトの姿があった。
やはりと、レイトの姿を見たウィードは思う。所々服が破れ、肌が露出している場所はあるが、レイトの体自体には裂傷が全く見当たらない。
「嵐帝、退け!」
その声が耳に入ってすぐ、ウィードは風を利用してその場を離れる。その直後、戦闘状態へと戻ったローナが魔法を唱える。
「"アイシクル・コフィン"ッ!」
大護との戦闘でも見せた、水属性最上級魔法。同じ魔法であることは間違いなかったが、込められた魔力には大きな違いがあった。
シュートからの喝により、冷静さを取り戻したローナが、水属性最上級魔法を利用したのは、一つの考えがあったからだ。物理的に視界を塞ぎ、その間に洞窟の脱出を図る事である。
その意図を汲み取ったナックがすぐに転移を試みるが、水属性最上級魔法を己の拳で砕き割ったレイトに阻まれる。どうにか漆黒の剣の腹で受け止める。
「連れないなぁ、俺っち無視して逃げようなんてさ~」
「テメエの相手をしに、ここに来た訳じゃ――ねえからなァ!」
無理やり剣を振り抜いてレイトを遠ざける。地に足を付けたレイトは、今度は接近してくることなくその場で佇む。
「お前……レイトっていったか。その腕、ガントレットでも付けてんのか?」
この瞬間に転移を利用して、という事も勿論考えが過ったが、レイトが自分たちの動きを見てから動いている以上無意味と判断し、少しでも情報を集めるため、ナックはレイトに語りかけた。
「また時間稼ぎかい? それとも純粋な興味かい?」
「どっちもだな」
「わはぁ正直な人だこと。正直者には真実を教えよう。そんな中世ヨーロッパみたいなモン付けてないさ。俺っちの武器はこの体だけだぜぃ」
自身の胸板を叩いてそう示す。強く叩き過ぎたせいか、咽るというオプションまでついてきた。
しかし、彼が言っていることが真実だとすると、一つの疑問が生じる。
「ならさっき響いた金属音はなんだ?」
ナックが疑問視したのは自分の剣とレイトの体が接触した時の金属音だった。
レイトの言う"身体強化のみで攻撃を耐えた""ガントレットは使っていない"という二つの言葉。ナックの脳内では、この二つの言葉が駆け巡っていた。
ナックが使用した剣は闇属性魔法にて生成された物。本来、金属音など鳴る筈がない。だとすれば、受け止めた相手の強固な装備によって防がれた際の音と認識する外ないとナックは考えていた。
しかしレイトは、その言葉を否定するように首を横に振りながら答える。
「いやだから、身体強化で受け止めた音でしょーよ」
「アホ抜かすな。身体強化だけでンな事が起きてたまるかよ」
「……あぁ、なるほろなるほろ~」
右手の握り拳を左の手のひらにポンと打ち付けながら、合点がいったような反応を見せるレイト。その反応に怪訝な面持ちを見せるナック。
「何が成程だ」
「いやいや~、確かに普通に魔法が使えれば、身体強化に全力を注ぐなんて事してこなくても当然だよなぁ~と思ってね」
「……何が言いたい?」
「んーつまりー……見た方が早いか。ほいっと」
短く返事を返したレイトは、一度自分に施していた身体強化を解く。そのまま魔力を高め、数秒もしないうちに魔力が体から溢れ出す。冬馬の使う身体強化の第四段階と同等か、或いはそれ以上だろう。
そこから更に魔力を高めたレイトの体が黒く変色していく。その姿はまさにシュートの身体強化、"ネオ・デビル"と非常によく似た姿。
「んー、オカマさんのやつは大体こんな感じかな。溢れ出そうになった魔力をそのまま身に纏った、見えない鎧を着るイメージ。これも十分スゴイと思うよ? でもちょっと足りない。ここから更に――」
変色した肌が一瞬で元に戻る。その姿は一見すると身体強化をしている事すら分からないような、とても自然な状態だった。しかし、ナックの額からは一筋の汗が零れる。冷たい汗が。
「これが魔法もろくに使えない異世界人が考えた最高の身体強化。何をしたのかは自分たちで考えてみて」
ケラケラと笑いながらそう言い放つレイト。
「まぁ――」
レイトの言葉が、一瞬途切れる。
「――万が一生き残れたら。の話だけど」
"背後"から聞こえたのは、続きの言葉ともう一つ。
ウィードの体から鮮血が噴き出し、命を削る音だった。
「「嵐て――」」
「"シャイニング・ジャベリン"ッ!」
シュートとローナの声よりも速く、ナックの魔法がレイトへと襲い掛かる。着弾はしたものの、レイトには傷一つ付かない。その様を確認する前にナックがレイトへと切り掛かった。
その背に光の翼を携え、身体全身を闇属性魔力で包みながら。
「お前らァッ! 嵐帝連れてすぐにここから退けェッ! 俺がヤツを食い止める!」
先ほどまでと異なり、ナックからの剣撃を受け止めずに躱したレイト。そのまま四人から離れた位置に着地した彼は、ナックたちの様子を見るようにその場にて待つ。
「ひ、退けって……そんな事出来るわけないだろう!? アタシ達も一緒に――」
「無理だ。今の状態のヤツ相手に、お前らじゃ力不足だ。だからこそ……俺が"全力"でやる」
"全力"。ナックからその一言が放たれた瞬間、ローナが次の言葉を詰まらせる。その言葉の重さが正確に理解できるのは、帝とナックだけであろう。
あの男は危険すぎる。出来ればこのまま一緒に逃げたい。しかしその願いは通じないだろうと、ナックの瞳を見るローナは理解していた。
ポン、と。彼女の肩に優しく手が乗せられる。振り向くと、満身創痍となったウィードを背負った状態のシュートが微笑んでいた。
その表情からは、言葉にされなくても伝わるナックへの強い信頼と同時に、教え子に任せるしかできないという彼の歯痒さが感じたローナは、自身の顔を俯かせる。
「ローナ」
【氷帝】にではなく、ローナへと言葉を投げ掛けるナック。俯かせた顔が上がる事はなかったが、代わりに小さな一言がはっきりナックの耳へと届く。
「絶対に――帰ってきて」
「――当たり前だ」
シュートに女神の力を宿した剣を託したナックはレイトへと向き直り、シュートとローナは出口に向かって走り出す。走り出す二人には目もくれずに、ナックへだけ視線を向け続けるレイト。
「やぁっと戦いが出来るのかな? わくわくするなぁ~」
「戦い? ンな生温い事言ってんじゃねえ。……こっからは――」
闇属性身体強化を解除するナック。そして右腕に極光を、左腕に暗黒を凝縮する。
「――殺し合いだ」
「ひゅー、怖いね。最強ってのは」