帝からの知らせ
「お前の母ちゃん、スゲエ人だったんだなぁ」
掻い摘んで話した結果、冬馬から出た最初の感想は至って普通な感想だった。
「そんな母ちゃんから生まれたからこそ、大護もそこそこに高スペックだったのかもしれねえなぁ」
「……高スペックとか言われるのは恥ずかしいけど、そこそこってのは何となく腹立つな。いや自分では高スペックとは思ってないけど」
「二次元大好きのアレが無ければそこそこも消えてたかもしれねえなぁ」
「おまっ、今それを出すのかよ」
やってた事に後悔はしてないけど、いざ掘り返されると中々キツイものがある。そして過去の俺は何故それを冬馬に話したのかが分からないし考えたくない。
仕方ないじゃん、憧れたんだもん。プロ野球選手に憧れた子供たちが一本足打法真似したり、天秤打法真似したり、振り子打法真似したり、敬遠球打ち真似したりみんなすると思うんだよ。
「何に対して言い訳を思ってるのかはしらねえけど……ま、あんまり気にしすぎるなよぉ。んな過去の事より、明日はパパさんからも話があるからよぉ、今から心配だ」
「そんな事って……俺の気持ちを何だと思ってんだこの野郎!」
「フォローしたと思ったんだけどなぁ、まさかワードチョイスミスったかぁ」
たはぁーみたいな台詞が似合いそうな格好で、額に手を当て上を向く冬馬のボディに拳を一発。物の見事に跳ね返される。鍛えすぎ、解せぬ。
でもまあ気持ちは分からんでもない。言ってしまえば、国王様からの話の方が重要な感じがする。
多分、ナックさんから貰った「強くなってくれ」という言葉にも、直接繋がってくる事だと思うから。
「情報の整理のためにも、今日はゆっくり休もう。明日途中でショートされたら、今日みたいに伝えるのは難しいだろうからな」
「そうかもなぁ、じゃあ俺も部屋に戻るぜ。大護もゆっくり休めよ、一応病み上がりみたいなもんなんだから」
「わあってるよ。じゃあな」
「おう」
短いやり取りの後に扉が閉まり、冬馬も部屋から出ていく。俺も再び休息を得るためにベッドへ潜り込んだ。
明日の国王様の話に、小さな不安を思いながら。
◆ ◇ ◆
夜。神妙な面持ちで自室の椅子に座るのは、メリト王国第十四代目国王、バドル=メリト=フィアンマその人だった。卓上に肘を付き、顔の前で組まれながら、幾度も叩かれる彼の指がその内心を露にする。
目の前に置かれたグラスは汗を掻き、中の氷は物音一つ立てられない程に小さくなっていた。その状況が、彼がどれほどの時間こうしているのかを物語っているだろう。
――やがて、
<炎帝、聞こえるかしら?>
脳内に響いたのは、聞き馴染みのある男性の声。聞こえてきたその声に思わず笑みを漏らし、勢いよく椅子から立ち上がるが、緩んだ表情を引き締める。
「聞こえている。……状況は?」
<……端的に伝えるわ。ナっちゃん……マスターは――>
バドルの目が見開かれ、そして力無く閉じられる。聞いた内容への返事を考えるが、頭が働かない。自分の頭じゃないような感覚だろう。
どうにか返事を。戦地から戻る彼等を労う為にも、どうにか一言を。そう考えた彼の口からは、
「そう、か……」
そう返すのが、精一杯だった。
念話が途絶え、力無く椅子へと座り込む。生気を失い掛けた瞳が捉えたのは、目の前のグラス。
徐に、グラスの中身を一気に飲み干したバドルは、深く息を吐いた。
焦燥しかけた心をどうにか留め、この一月の特訓を思い出す。
ナックからの提案で始まった"博打"とも思えるような内容。しかし彼等は、そんな大人の思惑を大きく乗り越え、今や自分と肩を並べる程に成長してくれた。
自分の無茶苦茶な目標にも怖気ずに挑み、そしてその目標へと到達して見せた。
脳内に出てきたのは、傷だらけになりながらも立ち上がる彼らの姿。
その姿を思い浮かべたバドルの瞳に、再び生気が戻り、闘志が宿る。
「私の心が折れてては……格好が付かないだろうよ」
溢れた思いを口に出し、自身の拳を強く握る。
――強く、強く。
◆ ◇ ◆
パチリ、と。そんな効果音が付きそうな程にスッキリとした目覚めを迎えた。おはようございます天井さん。
起き上がり、日課の柔軟をしながら体の調子を見てみる。……うん。ゼルの薬の効き目もあって頗る快調だ。これなら今日中にでもまた訓練に戻れ……。
「ん……?」
床に落ちてる二つ折りにされた紙に気がつく。昨日は無かったよなあとか思いながら紙を拾い上げ、中を開く。
内容としては、手紙による急な連絡になったことへの謝罪から始まり、正午に俺たちのクラスの教室へ来てほしいといった内容だった。最後に差出人として、国王様の名前が書かれている。
今の時刻は十時。結構寝てたな。時間には余裕こそあるが、早めに行く分には問題ないだろう。
着替えを済ませ、食堂で朝食を食べてから教室へと向かう。教室の扉を開けると、冬馬とゼル、リンちゃん、ミーナが既にいた。
「キリュウ君……っ。もう動いても、平気なのかしら?」
「ああ。あの後にゼルから薬を貰ってな。バッチリ回復したよ。心配してくれてありがとな、ミーナ」
「お礼なんていいのよ。私も貴方には助けられてるのだし、お互い様でしょ?」
そう言って微笑みかけるミーナ。うん、可愛い。……あっ。
時既に遅し。ミーナの顔が赤らんでいく。それに釣られて、俺自身の顔も赤くなっていってるのを理解する。
「コイツ等……ずっとこんな感じなのかァ?」
「んまぁそうだなぁ」
「ケッ、ガキ共が。さっさとくっつけばいいじゃねェか」
「……見てるのも、また一興」
「そういう事だぜ、太郎ちゃん。分かるだろぉ?」
「全くわからん」
「……たろ兄ちゃんも、まだまだ」
何やらコソコソと会話が始まっている気がするが、赤らめた顔を直そうとしている今の俺に、そんな会話に耳を傾けている余裕はなかった。
そうこうしている内に、約束の時間も迫り、他の皆も続々と教室へ集まり、約束の時間まで後五分といったところで、国王様も教室へと入って来る。
「皆、急な連絡、そしてあのような形での報せになってしまった中、全員集まってくれてありがとう。早速だが、話を進めようと思う。各々楽な姿勢で聞いてくれると助かる」
初めにそう言葉を紡いでから、国王様は話を始めた。
「先ず今回の特訓だが、奴ら――"アナヴィオス"を完全に壊滅させる為に、力を貸してほしいと。そう話した事を覚えてくれているかな」
国王様の言葉に、各々首を縦に振り肯定を示す。
「キリュウ君とトウマ君は、我々と共に最前線へ来てほしいと言った事も憶えてくれているだろうか」
俺と冬馬へ視線を向ける国王様。勿論覚えていると、先程同様に首を振り肯定を示す。
俺たちの反応に満足そうな表情を見せた国王様は、再び口を開く。
「良し、話を続けよう。実は特訓をしているこの期間、ナックと三人の帝たちは国外に出ていた。ゼル君が見つけた"剣"を守る為にな」
帝たちと戦った直ぐ後の事か。確かにゼルに剣の場所を聞いたナックさんは、どこかへ転移していたな。
「その事についても話をしようと思うが――心して聞いてほしい。……後は頼んだ」
「了解ッス」
教室へ入ってきたのは帝の一人である【嵐帝】ことウィードさんだった。急な帝の登場に俺や冬馬といった、既に会っているメンバー以外に騒めきが起こるが、直ぐに静けさを取り戻す。
彼の様子と、顔一面に付いた夥しい傷がその原因だろう。あんな傷、会った時には間違いなく付いていなかった。
以前会った時とは全く異なる様子を見せるウィードさん。そんな彼がゆっくりと口を開き、話し始める。
「初めまして、話を預かった嵐帝ッス。何人かはお久し振りッス。これからオイラたちに起こった事をお伝えしていく予定ッスけど……いや、これは後から話しましょう。皆さんには、本当に全てお伝えするッス。炎帝も言ってたッスけど、心して聞いてほしいッス」
何かを言いかけたウィードさんだったが、それを飲み込み話し始めた。