真実
ゼルの言葉に対して、俺は大した反応を見せることが出来なかった。
冒頭から理解できなかったのだ。何の話が始まるのかが。
「大護の……母ちゃん?」
俺の代わりに冬馬が返答したことで俺の時間もまた動き出す。しかしやはり理解は追いついてこない。
「お、俺の、母さんって……は? 母さんは俺が生まれてすぐに――」
「亡くなった。そう聞かされてんのかもしれねェが、それはまもりさんがテメェに向けた、最初で最後の嘘だ」
「う、そ……?」
深く頷いたゼルは、俺の様子を見ながら、ゆっくりと話し始める。
「俺様とリンがまもりさんに会ったのは、今から"五年前"。俺様たちがこっちに召喚された時だ」
前言撤回だ、全然ゆっくりなんかじゃないし、何だったらペース爆上がり中だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 五年前!? お前らそんな前からこっちに居たのかよ!?」
「そうなるがァ、今そこは重要じゃねェから切り捨てろ」
「切り捨てろったって……ったくもう、分かったよ!」
後でまとめた物をテキスト化して作成させてやる。マジで冒頭部分から情報量と情報の密度が半端じゃない。
「よし。俺様たちが召喚されたのは、テメェらも知ってる通り"アナヴィオス"っつう組織に召喚された。"人間千人を生贄にした召喚"とか言う、女神の召喚と比べてかなり頭のイカれた方法でなァ」
人間、千人……? 生贄ってことはつまり……。
「勿論全員殺す。そしてその死体から魔力を吸い上げるとかいう方法らしい。イカれてる、狂ってる以外の言葉が見つからねェだろ?」
もう、その言葉すら出てこない戦慄を覚えるし、疑問も尽きない。たった一人二人の召喚をする為だけに、なんでそんな事を? 犠牲になった千人はどうやって集まった? そんな事をしてまで召喚して、一体何がしたいんだ?
「俺様たちが召喚された時には、周りに死体なんざ転がっちゃいなかった。大方、信頼させるために全て片付けてから召喚に踏み切ったんだろォけどな。そんな状況の中で会ったのが……俺様とリンの恩人、まもりさんだった」
……ちょっと待てよ。そんな状況で会ったって事は……。
「母さんは、その組織の一員だったって事なのか……?」
「焦ンな。まもりさんがその組織にいた理由は、召喚を止めるためだ。結果として止められず俺様たちは召喚されちまったがァ、俺様たちを救うために、そのままいてくれたんだ」
そうだったのか……良かった。会った事はないし、父さんから多少話を聞いた事があるくらいの情報しか、母さんの情報はないけど、本当に良かった。
「召喚された俺様とリンには、護衛という名目でまもりさんが付きっきりになってくれた。その時にこの世界の事、魔法の事、色々教わった……そして、その時に能力を"授かった"」
またもや脳内がフリーズする。今度こそちょっと待ってくれ。状況を整理させてくれ。
「ま、待て待て待て! 今の言い方だと、ゼルとリンちゃんは、俺の母さんから能力を貰ったみたいに聞こえちまう!」
「合ってんだよォ、その認識で」
合ってるって……能力って誰からでも貰えるモンなのか? いや、そんな訳ないだろ、だったらこの世界の誰でも手にできるようになるし、第一女神様が"ミリアルの人は能力は使えない"とか言ってなかったっけ?
「お前らァ、能力は"誰に"貰ったァ?」
「誰にってそれは……」
「女神様、だったなぁ……」
急な質問に冬馬と目を合わせながら答える。
……は? いやいやいや、え? 流石に違うだろ。第一俺は地球で生まれてるし、母さんも間違いなく地球で俺を生んでるし、父さんは普通の人間だし――
「まもりさんは女神の生まれ変わりだ。つっても数千年も昔の女神だけどな。これに関しては正直、現場を見てねェヤツには、信じろとしかいいようがねェけどなァ。紛れもない事実だ。受け入れろ」
「おまッ、軽すぎんだろ! んな事実、そう簡単に受け入れられっかよ」
「ほえぇ、大護の母ちゃんは女神様だったんかぁ、スゲェなあ」
「……とうまは、受け入れた、みたい?」
「これは脳内がショートして、聞いた事を繰り返してるだけだ。オウムと同じと考えてくれ」
「……りょ」と短く返事をしたリンちゃんは、ショートした冬馬の元へ行き、その体をツンツンし始める。加えて「……こんにちは」とか吹き込んでるけど、そこまでオウムに寄ってるとは言ってない筈だ。
「赤星冬馬の復活は暫く時間が掛かりそうだが続けンぞ。アイツにはテメエが後で伝えとけ」
これからの情報を一人で処理しなきゃいけない事には不安を覚えるが、うだうだ言ってられないか。元々俺自身に関する内容な訳だしな。
「分かった。続けてくれ」
「よし……俺様達に能力を授けたまもりさんは、どうにかして俺様たちを地球に返す方法を探してくれていた。生き残るためにっつう事で、訓練なんかもつけてもらってた。……だがァ、地球に戻るための方法なんてモノは見つからないまま時間だけが過ぎ、俺様とリンが召喚されて三年……今から二年前、だな。アナヴィオスが三人目の召喚を決行しやがり、あの野郎が召喚された」
「レイトか……」
「あァそうだ。胸糞悪ィが、アイツが召喚された時は俺様も近くにいてな。そン時から様子がおかしかった」
「発狂してたとかか?」
「そうじゃねェ、寧ろ静かだった。だが、問題はそうじゃねェ。現れたレイトの野郎は、辺りを一度見回した後、"こっちは結構いい世界だな"と言い放って、そのまま気絶した」
「……地球とは別の世界に召喚された事をすんなり受け入れたって事か」
五十点。俺の考えをそう評価したゼルは続ける。
「それもあるが、当時の野郎の様子から察するに、"受け入れた"というよりも、"理解していた"って言い方が近ェ。気絶から目を覚ましたレイトの野郎に聞いてみたが、テメエの発言自体を覚えちゃいなかった。突然の事だったから混乱してたんだろうという話でその場は済んじまったが――」
ゼルの顔が、今にも泣き出しそうな表情へと変わる。連動するように力強く握られた拳は、細かく震えていて、呼吸もかなり浅く速くなっている。
「お、おいゼル。大丈夫か? 一旦話を終えてもいいんだぞ?」
「……ふぅ、すまねェな。ちょっと取り乱した。俺様は問題ねェから、話を続ける」
白衣のポケットから飴を取り出し、口へ放り込んだゼル。本当に落ち着いた様子で、呼吸も安定している。
しかし、その表情の歪みは治っていなかった。
「……あの時あの瞬間、少しでも怪しいと思った時点で、俺様が動くべきだった。それが出来なかったせいで……まもりさんは、レイトの野郎に……殺された」