不思議な色のバナナ味
実は俺に演技の才能が無いことに気付かされてから数分。冬馬たち男子軍と国王様を引き連れたレイアが戻ってきた。男子軍からは「やっと起きたか心配したぜ」というような声をもらった。待たせて悪かったなと返す。男子軍参謀のリュウからは「あまり面白い事にはなりませんでしたか」との言葉をもらった。思い通りにいくと思うなよこの野郎と返しておいた。
ミーナに体を起こしてもらい、どうにかみんなと目線を合わせる。
「改めて心配掛けてごめん。そしてありがとう。今はまだこんな状態だけど、明日には多分動けるようになると思うから、もう大丈夫だ」
安堵のため息が聞こえ、表情からも安心してくれた様子が見受けられる。
そんな皆の後ろから国王様が俺に近付き、ベッドの近くにある椅子へと腰掛ける。
「キリュウ君、改めて特訓完遂おめでとう。まさかやり遂げるとは思っていなかったよ」
「えーっと国王様、それなんですが、何故負けたのに"完遂"なんですか? "終了"とかなら分かるんですが……」
「あぁ、君には言っていなかったね。実は私のあの鎧、ナックにも壊されたことが無い代物なんだよ。だから、それを壊した君……いや、君たちは、二人でならナック以上の力を発揮できると判断したから、完遂とそう伝えたんだ」
話の途中で冬馬に視線を向け、俺たち二人の功績だと言ってくれた国王様。当たり前だ。俺一人では到底出来ない戦略だったし、冬馬が肉弾戦をしてくれてたからこそ、この結果になったのだから。
「特訓を乗り切った君たちには、また次の事について話をしたいところではあるが……起きたばかりでそんな話を聞くのも大変だろうから、明日話すとしよう。それまでゆっくりと休んでいてくれ」
最低限の事だけを告げた国王様は、そのまま部屋を後にする。それを追うようにして他のみんなも部屋から出ていき、最後にアリアを支えながらミーナが部屋を出たところで扉が閉められた。
俺も明日に備えてもうひと眠りと思ったが、すぐに扉が開かれる。先程とは違ってちょっと乱雑に。
「入るぞー桐生大護」
「……だいご、無事?」
「なんで俺は連行されてるんだぁ?」
気怠そうに白衣のポケットに手を突っ込んだゼルとその後ろに続くリンちゃん。そしてリンちゃんに引っ張られる冬馬だった。おかえり。
「今度はお前らか、どうしたんだ?」
「本題に入る前にこれを飲んどけ」
白衣のポケットから取り出されたのは一本のフラスコ。中身が赤の様な橙のような、それでいて緑の様な青の様なとたとえるのが非常に困難な色合いをしていました。思ったのです、これを……飲めと言ったのか? と。
「色はこの際気にすんじゃねェ。飲んだ瞬間動ける様にもなるし、副作用も何もねェからよ。ちなみに味はバナナだ」
「何一つ合致しねえなおい!」
じゃあせめて黄色にしてくれれば良かったじゃん。なんでこんな訳のわからない汚い虹色なんだよ。毒薬にしか見えないし、副作用があるようにしか見えないよお。
「ごちゃごちゃうるせェ……リン。やれ」
「……たろにいちゃん、強要は、めっ」
「晩飯の後にケーキ作ってやる」
「了解」
「ちょおおおっ!? リンちゃ……リンさん!? 性格変わってる性格! 君そんなにきびきび喋る子じゃないじゃ……あ、まっへくひをむりひひろげるのはばばばばああああああ!?」
殺戮マシーンと化したリンちゃんの手によって、俺の口の中には新薬がフラスコごとぶち込まれた。もうお嫁に行けな……おろ?
「体が……動くぞ?」
「チッ、最初からそう言ってんだろォがよ。手間掛けさせやがってよォ」
顔をこれでもかというくらいに大きく歪め、おまけに舌打ちなんかも入れたりして、不機嫌極まりない様子のゼル。そんなに自分の薬品に自信があるなら、もっといい見た目の物を作ってくれと声を大にして言いたい。
「……何でもいいんだけどよぉ、何で俺まで連れてこられたんだ?」
珍しく空気となっていた冬馬が小さく呟く。その冬馬の反応を見て、またも不機嫌な様子なのは勿論太郎。
「あァ? テメェ桐生大護からなンも聞いてねェのかァ?」
「いや、特に」
そういや特訓が終わったら話があるとか言ってたっけこの太郎。そして冬馬には俺から伝えておくって言っときながら完全に忘れ去ってたっけ。
「悪いゼル。特訓を乗り越えることに必死で忘れちまってた」
「……チッ、まァ今回は許してやらァ。どうせ赤星冬馬には、かなり前に予告は出しておいたしよォ」
ゼルの言葉に頭を悩ませた様子の冬馬。うーんうーんと体を後ろへ逸らし、そろそろ脳天ブリッジを決めるんじゃないかというところでがばっと起き上がスゴイな今の!? 腰とか大丈夫か?
「あぁ! あの事かぁ。なるほどなるほど、ついに聞けるんだなぁ」
大した話じゃないとか言っときながら、冬馬には事前に話しておく感じ……本当に大した話じゃないのか? 結構大事になるから前もって話しておくものだと思うんだけど……?
「あァ勘繰るな桐生大護。赤星冬馬に話したのは、説得する為に必要だったからだ」
「説得?」
「あれだ、最初にテメェらと会った時」
「そういう事か」
確かにあの時、俺が起きてからの冬馬は既にゼルとリンちゃんと打ち解けてる感じはあったからな。俺が気絶してる間に話してたのも頷ける。
「でも俺も殆ど内容は分からねえからなぁ。言われたのは"殺す気は更々ねェ、俺様はテメェらの事を知ってる"って事だけだぁ」
「よくそんな内容で信じる気になったなお前」
「名前言っただけで、漢字まで当てられたからな」
「そりゃ信じるわ」
「……かーいけーつ」
「それぐらいにしとけテメェら。話が一ミリも進まねェ」
一言挟んだゼルは、そのまま話を戻すように話し始める。
「俺様からの話ってのは、大まかに言うと"地球"の事であるのは間違いねェ。ただ、そこにはばっちり"ミリアル"の事も絡んでくるし――」
話を区切り、俺の方へと目線を向ける。
「テメェに一番関連してくる事だァ。桐生大護」
「俺に……?」
俺に関連する話と言われても、全くピンと来ない。ゼルとリンちゃんとは地球にいた時にあった記憶なんて勿論ないし、こっちに来てから地球に関わる事なんてのも、同じ地球人に会うくらいの事しか思い浮かばない。そんな状況で、地球とミリアル。そして俺に関わる事って言われても。
「テメェに思い当たる節がねェのは仕方ねェ。ただ……俺様とリンにとっては重要事項なんだよ」
リンちゃんの頭に手を置くゼル。それはいつもの様な乱雑なモノではなく、赤子をあやす様な、とても優しく愛情深いモノだった。
「その内容ってのが、テメェの母親――"桐生まもり"さんに関しての内容だ」