定評のある演技
俺の目が覚めている事に気が付いていないのか、悪玉三人衆は最後の善良な民であるレドの説得を続ける。
「大丈夫だぁレド。仮にお前も参戦したとしてもよぉ、矛先は全部俺かノエルに行くから、お前さんに被害が出ることは何もねえ。被害は全部ノエル行きだぁ」
「待て待て待て。何でオレとお前に矛先が向いたのに、オレだけ被害被ってんだ? あとリュウの奴も道連れだろ?」
「クスッ。私が自分の証拠を残すとでも?」
「今の発言の通り、リュウは自分がやったって証拠を残さないだろうから無罪。俺は大護から復讐が来たとしても、今の状態の大護なら負けるこたぁねえから実質被害なし。よって頭も実力も足りないノエルだけさいなら~」
「お、オレだって、今のダイゴになら負けねえ!」
「無理だね」
「無理だなぁ」
「無理でしょう」
「何だよその謎の三段活用! そして三人揃って無理とか言うな! やってみないとわからねえだろ!?」
「「「……」」」
「急な沈黙はもっとやめてええええっ!!」
顔が動かせないから状況はよくわからないが、取り合えずみんな無事に特訓を終えたという事にしておこう。
「んむぅ……」
急に聞こえてきたのは可愛らしい寝息。かと思いきや、右の視界の端にピンクの頭がぴょこっと登場した。右手の温もりの犯人が割れた瞬間だった。
「ふあぁ~……。あれ? みんなどうしてここに……?」
「起こしちゃって悪かったなアリアちゃん。そろそろ大護起きっかなぁと思ってよ。なんだかんだ三日も寝てやがるからなぁ」
「うん、そうだね……」と深刻な顔をしながら俺の方を見るアリア。咄嗟に目を瞑る俺。何でそんな事したのかはわからない。
つーか、え? 俺三日も意識なかったの? そりゃみんな心配にもなるだろうし、冬馬は悪戯をしようとも考えるタイミングだよ。
「重症に見えたトウマがすぐに起きたから、ダイゴもそうだと思ってたんだけどなー」
「魔力枯渇による疲労は凄まじいもの、という事なんでしょう。国王様も三~四日程度で復帰すると仰られてましたし、明日までには必ずといったところでしょう。起きた時の第一声が楽しみですねぇ」
リュウの声でそう聞こえた後、誰かが俺の顔を覗き込んでいるような雰囲気を感じる。察するに恐らくリュウだろう。
……気のせいかな。リュウの奴、俺が起きてる事に気がついてそうな気がしなくもないんだ。
「ご明察(俺にしか聞こえないであろう超小声)」
やっぱりかテメエ。何企んでやがる。
「特に何も。ただ、その方が楽しそうだと思っただけですよ(俺にしか聞こえないであろう超小声)」
何が楽しそうだよ、こんな状況で何か起きるわけ……っておいこら、離れんな。まだ話は終わってねえ。
「リュウくん? ダイゴくんの顔に何か付いてた?」
「ええ、ちょっと大きめの埃でした。私たちは国王様と話があるので、アリアさんは引き続き彼の様子を見守ってあげていてください。是非、その手も離さぬように」
「手? ……あ、いやっこれはぁ~そのぉ~……ううぅ」
大袈裟な身振り手振りで反応するアリアに釣られて、俺の右手もあっちゃこっちゃに引っ張らっる。ちょっと痛い。
やがてピシャリと扉が閉まる音が室内に響き、保健室内には俺とアリアの二人きりとなった。なんか、初めてアリアと模擬戦をした時の事を思い出すな。立場逆だけど。
それより、特訓を終えただけで三日も寝てる俺とか……大丈夫かよ。本当にこんなんで完遂って言ってよかったんですか? 国王様。
「……ダイゴくん……」
心中ごちる中で、アリアが小さく俺の名前を囁く。そうして、右手を掴む力が少し強くなる。
なんだか申し訳ない思いを抱きながら、そろそろ目覚めようとした瞬間、今し方閉じられた扉からノックが鳴る。
「あっ、どうぞ」
短く返事をした後に開かれる扉。
「アリア……キリュウ君の容体はどうかしら?」
「うん。初日よりも顔色も良いし、体の傷は問題なさそうだよ。魔力はどうかな? ミーナちゃん」
やってきたのはミーナだったようだ。
「……そうね。魔力枯渇も今は見る影もない状態かしら。目が覚めるのも時間の問題だと思うわ」
「そっか……良かったぁ」
小さな声で呟かれたその言葉からは、心から俺の事を心配してくれているという事が感じられた。
そして、俺はますます申し訳ない思いを膨らませた。
……もう、今目覚めましたと言わんばかりの反応で起きよう。そうしよう。
「うぅ……っ」
どうにか意識を取り戻した俺(演技)はようやっと目を開ける。さっき確認した通り、首から下がまだ動かない状態ではあるが、どうにかアリアとミーナへと視線を向ける。二人とも俺が急に目覚めた事に驚きを隠せない様子だ。
「二人とも……心配掛けて、ごめん」
首元にアリアの腕が回り、そのままアリアと一緒に枕へダイブ。ちょっと首の骨がやばかった事は黙っておく。
「よかっ……よかったあぁ~。もう起きてくれないんじゃないかって、心配してたんだからぁ~」
「アリア……本当にごめんな」
本当に、心底心配を掛けてしまったようだ。最初から目覚めていれば良かったのに、馬鹿だな俺は。
「アリア、そのぐらいにしておきなさい。キリュウ君が動けないわ」
未だ涙を流すアリアの身体を俺から離し、そのまま泣き崩れそうになるアリアを支えるミーナ。二人にかける言葉を探していたところで、部屋の扉が勢いよく開く。
「遅くなっちゃったー! ダイゴの様子は……ってダイゴ!? 気が付いたんだねー!」
「レイアか。ごめんな心配かけて。意識は戻ったんだけど、体が言うことを聞かなくて、これ以上首が動かせないんだ」
ベッド周辺は辛うじて見えるが、扉の方まで行くとギリギリで見えないのだ。もう少し首が長ければいけたかもしれない。
「無理しないでいいよー、ウチはみんなに知らせてくるから、楽にして休んでなよ!」
そう言い残し、俺の返事も待たずに飛び出した様子のレイア。ぱたぱたと響く音が、彼女がどれだけ颯爽と駆け抜けているのかを教えてくれた。
「さてと、キリュウ君。体の具合はどうかしら?」
アリアをソファに座らせたミーナが、俺の頭付近に近付いてきてそう問いかけてくる。
「レイアに言った通り、体が動かないくらいだな。痛みとかもないし」
「そう、良かったわ。……でも」
ずいっと俺の顔に自身の顔を近付け……って近い近い近い!
「何で目が覚めてたのに、寝てるフリなんてしてたのかしら?」
「……それは本当にごめんなさい」
小さくため息をつくその姿は口に出されなくとも「やっぱり……」と言っているように伝わった。でも何でバレた? 言うのはあれだけど、俺の演技には定評が……
「起きて一言目で真っすぐこっちを見てから"二人とも"とか言い始める人、いると思う?」
「ボクがバカでした」