信頼、故
その言葉と同時に俺は先程よりもさらに後方へ、冬馬はその場に留まる。俺が取っておきを持って来てるように、冬馬のヤツも、バッチリ取っておきってヤツを持って来てるって事。
「オォォ――――ッリャアァァァ!!」
冬馬が出す雰囲気がガラリと変わり、身体中からに煙のようなモノが溢れている。この感じ……身体強化の第五段階か? じゃああの煙みたいなのは……闘気? みたいな? まあ何でもいいや。
ただ、冬馬のあの状態を見た国王様の顔色が、少し変わったのは間違いない。
「フゥゥゥ……今ならその状態のパパさんとでも、まともに殴りあえるかもしれねえなァ!」
体勢を沈み込ませ、一気に前方へ跳躍。激しい衝突音が鳴り響く。
冬馬の右拳が国王様の左頬へ、国王様の右拳が、冬馬の左頬へそれぞれめり込んでいる。
そこからまたも始まる激しい拳の応酬。時折、お互いの顔面が上へ横へと弾ける。――っと、俺も自分の準備を進めないと。冬馬が作ってくれてる時間を無駄にするな。
腕を空に掲げ、その状態で魔力を集中。結果、魔力が腕から空へと送られる。その先で浮かび上がるのは一つの魔法陣。転移以外の魔法では始めて魔法陣を使用しているが、その大きさは転移の時とは比べ物にならない。
「でも、まだ……足りない。もっと……もっとだ……」
更にサイズが膨れ上がり、転移魔法陣の約三倍程度の大きさになったところで魔力供給をとめ、魔法陣を上空へと放る。
空に浮かび上がる巨大魔法陣。こいつ一つで相当量の魔力を持っていかれ、一つの作成に三十秒……これをあと三つ。普段三十秒なんて気にしたことがなかったが、今回ばかりは気が遠くなるくらい長いな。
「頼むぜ冬馬。堪えてくれよ……っ」
◆ ◇ ◆
パパさんと殴り合い始めて、今どの位経ったんだ? 制限時間を考えて五分は経過していない事はわかるけど、それを疑いたくなるくらい、長い時間が経過してるように感じちまう。
身体強化の第五段階――正確に言うと、五段階の一歩手前くれえだな。コイツが完成した事で、何とか今回の作戦が実行できちゃいるが、それでも、パパさんの攻撃が重すぎる。
左の拳がパパさんの顔面を捉える。多少顔を歪めはしてるがぁ、すぐに拳を返される。表情を見ても、全く効いてないって事じゃねえのは分かるが……こんだけやって外傷の一つもできねえのは、結構メンタルやられるぜぇ。
パパさんの攻撃で俺の顔面が左右に振られ、胴体のど真ん中に蹴りが飛んでくる。身体がくの字に折れる。膝が地に着きそうになる。それでも地に膝は付けねえ。身体は折れようが、心は絶対に折れねえ。
パパさんの足を掴み、そのまま握りつぶすように両手に力を込める。
「ぐあ……っ!?」
予想外の攻撃だったみてえだ。してやったりって感じだぜ。
だが、そんな時間稼ぎは直ぐに破られる。空いたもう一方の足で俺のこめかみを蹴り抜く。――やべえ、一瞬意識が、なくなった。
顔が地面に着きそうな程に体勢が崩れる。――ここで倒れたら、ゆっくり眠れるだろうなぁ。
「……っ!? ふんぬあぁぁぁああああッ!!」
阿保みたいな思考を取っ払い、四股を踏むようにして身体を戻す。今日はパパさんの色んな表情が見れて楽しいぜぇ。
「そんな状態になりながらも、君の瞳からは揺るぎない勝利を感じるな。若さ故、かな?」
「ンなモンじゃねえ、信頼故だ」
パパさんが大護へと視線を意識した瞬間、秘密兵器第二段、登場だよコノヤロウ。
手で魔力を飛ばせたんだから、勿論足でも試すに決まってんだろ!
「ロケットキックッ!!」
「な――っ!?」
右足から放たれた魔力はパパさんの左肩に命中。左腕が後方へ吹っ飛ぶ。勿論千切れてるとかそういう事はねえ。まあ、あの一撃でもその程度ってのは……どうしたもんかねェ。
「なる程……拳の魔力が飛ばせるのだから、足の魔力を飛ばせてもおかしくはないからな。当たり所が悪ければ、この鎧にも傷が付いたかもしれぬな」
「……それでも傷だけの心配って……どんだけ硬えんだよ、その鎧」
「最上級魔法でも数十発は耐えられる仕様だからな。言ってしまえば、ナックでも亀裂を入れるのが限界だった代物だ」
「おいおい……そんなモン使ってるアンタもだけど、それに勝つナックさんどうなってんだよ」
「簡単な話だ。これを使うと、アイツは逃げに徹するからな。時間が来てしまえば怖くなどないとも言われたさ」
それが出来ねえから、俺たちは苦労してんだけどなぁ、とは言わずに飲み込む。言っちまったら、負けを認めるような状態になっちまうからなぁ。
でも、時間は稼いだ。そろそろ行けんだろ……大護。
「……? ――っ!? な、何だあれはっ!?」
俺から目を離して上空を見上げるパパさん。空には三つの魔法陣が浮かび上がって、俺たちを見下ろしている。
作戦通りだけど……あと一つ足りねえか。
「よそ見なんて寂しいじゃねえかよパパさん! もっと楽しもうぜェ!!」
残り数十秒、何とか稼いでみるか。