一発逆転
地面に横たわるリンちゃんの上に白衣を掛け、その横に座るゼル。あ、そうだ。白衣。
「なあゼル。お前の着てる白衣って……魔界の王族の品か何か?」
「聞かれた内容はこれっぽっちもわからねェが、地球の知識で話してるって事と質問の意味は分かった。……この白衣が俺様の"能力"だ。つっても、性能なんかは高が知れてるけどなァ」
「そうだったのか。ちなみに性能は?」
「伸縮自在。防御性能高。自動修復機能って感じだったか。ただし、俺様が着てる時に限りだがな。森でテメエが俺様に向けて撃った魔法あったろ? アレを防げたのもコイツの力だって言や、少しは分かりやすいかァ?」
「何が高が知れてるだよ、かなりいい白衣……ってやっぱりほぼ魔界の王族のマントじゃん。何、雷とか出す?」
「だァからそれは知らねェし、雷出してんのは寧ろテメエの方じゃねェか」
不毛なやり取りがされる中、気絶していたリンちゃんがもぞもぞと動き出す。一瞬起きるのかと思ったが、目を覚ます事はなかった。……つーか寝息聞こえてきてない? あれ? この子気絶してたんじゃなかったっけ? ただのお昼寝になってない?
「普通に寝始めたって事ァ、何も心配はいらなそうだな」
「やっぱり寝てたんだこの子。気絶からそのまま睡眠に移行したんだ」
「概ね、連日特訓特訓と続いてやがったから、その疲れが吹き出したんだろうよ。そのまま寝かしといてやれ……それとだ、桐生大護」
唐突に話を遮ったゼルは、改まった様子で俺に目を向ける。
「国王との特訓が終わった時、テメエに話がある」
「……重要な話か?」
首を横に振り、否定を示す。
「いや、そこまで重大って訳じゃねェが……取り合えずテメエと赤星冬馬には、話しておこうと思ってな」
「冬馬も一緒か……分かった。アイツには俺から言っておく」
「……あァ」
小さく返事をして立ち上がったゼルは、白衣をリンちゃんに掛けたまま訓練場を後にしようとしたが、急に立ち止まり、無造作に頭を掻いた後に言った。
「あーそれと、よォ……一応、回復魔法だけはやっといてくれ……念のためにな」
「……はいよ、たろ兄ちゃん」
「……うるせーよ」
◆ ◇ ◆
その日の夜。俺は一人部屋で頭を悩ませる。国王様に勝つ為の手段が思いつかない。
冬馬の攻撃でもビクともしないあの鎧相手に、俺の近接攻撃など意味がない。よって魔法攻撃の必要があるのは間違いないんだけど……。
「雷属性の最上級クラスも混合魔法も通用しないしなぁ……最上級を連発すればチャンスが――ダメだな。連続で撃つ前に接近されて終わりだ」
ごちりながら部屋の床を転がる。転がりながら考えて、良い案だと思った途端に一度止まって、再び転がり始める。さっきからこの繰り返しだ。なんだか変に楽しくなってきちまったぜやっほい。
……落ち着こう。
落ち着く為にも、先ずは床から起きる。そして壁に背を預けながら座る。一旦情報整理からし直そう。そうだ、情報大事。うん。
日課になってきた魔力操作の練習をしながら、頭は情報整理に傾ける。
先ず、今が出来ること。近距離戦闘(雷刀持ち)と、魔法を色々。
国王様の手札。炎龍を基本戦術として火属性魔法と、最早ずるいとしか言い様がない炎の鎧。
あの鎧を纏った状態だと、国王様の能力が爆上がりする。ただし弱点として、五分という時間制限がある事と、鎧を纏っている間はそっちに魔力を集中させているから、別の魔法が撃てない事。これは最近我が身を持って知りえた貴重な情報だ。腹の火傷だけで済んだんだから、いい収穫だった。
魔法が使えないって事は、遠距離攻撃に対しては、避けるか受けるか受け止めるかの選択となるだろう。となると一番有効なのは、避けさせない。或いは避けられない攻撃。但し、威力が低すぎても意味がない。受けきれる程度だとあの人は止まらないからな。
避けられない攻撃の為には何が必要か。速さや正確性、それと予測。速さだけなら俺の雷属性魔法はどうにかなっているかもしれないけど、如何せん破壊力不足だ。
それなら、その雷に威力を上乗せするにはどうすればいいのか。魔力を込めれば大きく変わるだろうけど……まだ足りない。
足りないモノをどう補うのか……手詰まり。
「ってそれじゃあ意味ねえよ!」
セルフツッコミ。もう何がしたいのか分からなくなってきたぞ。
ふと自分の右手を見る。この一ヶ月実施してきた魔力操作の練習。それの賜物とも言える、小さい火の玉とそよ風が俺の右手を駆け回っている。
それに意識を向けて、移動速度を急激に上げる。風は強風をイメージして、火の玉はその風に乗りながら、俺の掌を動き回るように操作する。そして急停止。揺らす事なくキレイにぴったりと止める。
風を動きを変えて、小さい竜巻を作る。そこに火の玉を混ぜ、そのまま掌で回し続ける。ミニ火炎旋風って感じかな。くるくると回る小さい竜巻を見つめる。徐に左手の人差し指を竜巻の中心に入れる。何となく台風の目を体感したかったんだ。
「……」
何の気なしに左手の指先に"ライ・ガン"を発動させる。
――その瞬間、小規模な爆発が発生する。
「うおあっ!?」
いきなりの出来事で状況が上手く飲み込めないけど……魔法が爆発した、のか?
手と指先に残った痺れが、先程の状況を思い出させてくれる。
そして――俺の頭に一つの疑問が過る。
"混合魔法"。何故無意識的に、二属性までの合わせ技と考えてしまっていたのか。三属性、あるいは四属性と、混ぜる事も可能なんじゃないだろうか。
それに……二属性混合魔法でも威力は桁外れに上がった事を考えると、その威力は絶大になるんじゃないだろうか。それこそ、国王様の鎧を突き破れる位に。
「試してみる価値は充分にあるよな。問題は時間的余裕が無いって事だけど……どうにかしてやる」
この一月の間は、訓練場が夜でも使用可能なのがありがたい。直ぐに準備を整えて部屋を出る。えーっと、先ずは三属性の初級魔法を合わせる事から始めよう。そこから徐々に威力を上げて、出来てきたら中級魔法。それをなるべく最速でやらなきゃいけない。
残り三日……今からと考えると残り二日か。果たして一発逆転となり得るのかどうか、だな。