ここまではお約束
「い、痛いよミーナちゃん! もっとやさぁしくお願いっ!」
「静かにしてくださいお父様。傷に響きます」
「そして大分冷たい!? 冷たいよミーナちゃん! 最愛のパパがこんな傷を負ってるっていうのに、何でそんなにクールビューティーなの! トウマ君、こんな素敵なミーナちゃんの姿、是非写真に収めておいてくれ。そして後で私にくれ」
「あいあいさ~」
「……気絶してくれてた方がよっぽど楽だったわ」
目が覚めると趣味の悪い空間にいたかと思ったら、ただの学園の保健室だった。悲痛と喜びが相まみえたような叫びは、国王様が平常運転に戻っただけだったと判明して安心した。さて、巻き込まれたくないからもう一眠り――
「させないわよ」
その一声と共に、寝返りを打とうとした俺の横っ面を鷲掴みし、頬肉を摘み上げてくるミーナ。どんな止め方だ。
「おれはふぁきこまれたくないはらな、このへをはなひゅんだ」
「そうじゃなくて、ちゃんと傷口の経過を診るから、またうつ伏せになって待ってなさい」
「……ふぁい」
「うん、よろしい」
手を離し再び国王様の具合を診るミーナ。うつ伏せに戻った俺は、自分の目元に腕を乗せてセルフ暗闇に視界を委ねる。……さて。
スッゲェ恥ずかしいぃぃぃいいい!! 何今の俺!? 心配してくれて看病してくれてるミーナに対しての今の態度何あれ!? ばっかじゃん! メッチャばっかじゃん!? 痛い中学生かよ! それか反抗期を迎えた中学生かよ! どっちにしたって中学生かよバッキャロー!!
……よし。心中叱咤完了。激励なんてしてやらん。
心も落ち着いてきたところで、さっきの技について考える。
抜刀術――居合い。アニメとか小説とか影響か、刀の技で最速の印象があったから俺に向いてるかもという、浅はか極まりない考えの元、密かに練習してきた技だったけど……かなり良かったんじゃないかと思う。
全身に雷属性を付与して、さらに四肢への部分強化。今迄訓練でやってきた事の応用であそこまでの威力を発揮できたんだ。さらに磨きを掛ければ、相当良い攻撃手段になる筈だ。
まあ、魔力的には問題なくても、体力的な問題が発生して、使う度に倒れてたら意味がないから、そこは今後の課題だな。
そして何よりもいいのが、この技をもっと極めることが出来れば、遠距離も近距離も対応が出来るようになる。
前に冬馬と戦った時、速さだけは俺に軍配が上がってたけど、俺の攻撃はアイツには通らなかった。勿論、今やったら結果は変わるかもしれないけど、正直、今の冬馬に俺の素手の攻撃が通じるとは思えない。
という事は、冬馬以上の強さを見せた地帝のおっさんや、国王様……そしてレイトといった猛者に通じる筈が無い。つまり近寄られた瞬間、俺の中には逃走の選択肢しかなくなってしまう状態だった。
近づいた方が危険がないなら、誰だって距離を潰してくるだろう。しかしそこにたった一手でも反撃の手段があるとなれば、問答無用で近距離戦になるような事はないだろう。
その攻撃すら見極められたら……とかは今は考えない。これからの特訓でいくらでも見つけてやるんだから。
想像を膨らませていたところで、国王様の手当てが完了したのか、ミーナが俺の方へと向き直る。
「お待たせキリュウく……どうしてそんなに顔が真っ赤なのかしら?」
「気にしないでくれそしてあんまり直球で言うのはやめてくれっ」
完全にさっきのミーナへの態度の事を引き摺ってました、本当にありがとうございます。
◆ ◇ ◆
「まさか本当に今日中にどうにかしてくるとは思わなかった。二人とも、改めておめでとう」
保健室のベッドの上に座りながらそう話し始めた国王様。腹に巻かれた包帯を見ると、俺の一撃が効いたんだと改めて実感させられる。
「更には、二人とも私の虚をつく攻撃を見せてくれた。キリュウ君の技は"向こうの世界"の技かい?」
「あ、はい、そうです。向こう……地球では"居合い"とか"抜刀術"と呼ばれています」
「そうか……言い方に棘があるかもしれないが、キリュウ君の接近戦の攻撃は軽いものが多くてね。正直、まさかあれだけの威力と速度の攻撃が来るとは思っていなかった。完全に私が見誤っていた。あの技を極める事が出来れば、大きな武器となるだろうな」
「これがその証拠だと思ってくれ」と言いながら、俺が切り裂いたであろう脇腹に手を当てながら微笑をくれる国王様。この人は本当に、さらっとかっこよすぎる言葉を使ってくる。
「そのおかげで、私もミーナちゃんに治療してもらえたからな。お互い良い事尽くしだ」
ここまでがお決まりのパターンだが。
不意にベッドから降りて、上着を着る国王様。どうやらこれから公務の方があるらしく、一度王宮へ戻るようだ。
見送りも兼ねて俺も立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。結構休めたと思っていたのに、まだこんなに疲労が溜まっていたとは……。
「無理しなくていいさ。それに、明日からは私も本気で行かせてもらうから、せめて今のうちだけでもゆっくり休んでなさい」
そう言って足早に部屋を後にする国王様。その後に続くように、冬馬も訓練場へと戻っていった。ロケットパンチの練習でも行ったんだろう。……つーかロケットパンチて、名前もう少しどうにかならんかったのか。
保健室へと残された俺とミーナ。まあ俺は残されたというよりも動けないわけだから、もう暫くここにいるしかないんだけどな。
「治療ありがとなミーナ。俺はもう平気だから、先に戻ってもらって大丈夫だよ」
使っていた道具をしまっているミーナへそう声を掛けたが、俺の声は無視してそのまま隣の椅子へと腰掛けた。
「気にしなくていいのよ。私も今日の訓練は終わったところだから」
「いや、それなら部屋に戻って休めばいいんじゃないか?」
どこから取り出したのか、その手にはいつの間にやら本が用意されていた。ここで読むなら、自室で読んだ方が良くないかな。
「今日は部屋で読む気分じゃないのよ。部屋に戻っても暇だし、それに――」
「……それに?」
先を促すが続きの言葉が一向に聞こえてこない。あれ、俺この距離でフルシカトされてるのかな。どうしよう、泣いてもいいかな?
「……て……ない……」
「えっ、ごめん聞こえなかった。何て言ったんだ?」
「っ。……何でもないわ、気にしないで」
読んでいる本を、顔の高さにまで上げた状態にしてそう言うミーナ。ちらりと見える耳は、何故だか真っ赤に染まっていた。
何だったんだろうと思いながら、それ以上は踏み入らずに、俺もまた眠りについた。