直接じゃないこともある
パパさんを追い掛けていた足を止め、一度呼吸を整える。
急な俺の行動を不思議に感じたのか、はたまた俺が何をするのかを見届ける為なのか、パパさんは魔法も使わず、距離も詰めず、その場で俺の様子を見ていた。
――距離にして、大体十メートル前後。その行動……後悔させてやるぜ。
左手を右手に添えながら上半身を捻る。その状態でさらに深呼吸。息を吐き切る事で更に上半身が捩れる。
ギリギリのところまで身体を捻ったところで――開放!
「ロォォォケットォッ、パァァァアァァァンチ!!」
突き出した拳の先、パパさんの顔が"跳ね上がる"。
「な――にィッ!?」
直ぐに全力で距離を埋める。当たるかどうかギリッギリの距離だったから、スゲェ不安だったけど何とかなったぜ!
パパさんが体勢を崩したのは、時間で言うと数秒も無いくらいの時間だったかもしれねえが、この戦いにおいては十分過ぎる隙だ。
俺が懐に入り込んだ瞬間、パパさんは体勢を立て直していたが……もう遅いぜ。
「今度こそ――シッカリお返しだァッ!!」
俺の右拳がパパさんの腹に直撃した。
"それだけ"だった。
「……はっ?」
俺の拳は間違いなく、パパさんの腹に当たってる。実際に目で見てるんだから間違いねえ。
ただ、"当たっているだけ"だった。
人間の身体に打撃を与えてるなら、効かねえにしても、多少肉に拳がめり込んだりするだろうが、それらが一切無い。本当にパパさんの腹に拳を当ててるだけ、みてえな感じになってる。
「……驚いた。たった二週間で、ここまで迫ってくるとは」
その声を聞いて我に帰り、ゼロだった距離を再び開ける。その言葉通り、パパさんの表情からは驚愕の表情が表れていた。口元からは一筋の血が流れていた。
「それに、私の顔に当てたあの攻撃……なるほど、魔力そのものを飛ばしてくるとは予想外だった」
そうだ。俺のロケットパンチの正体は、拳に集約させた魔力を、そのまま前に弾き飛ばしているだけの技。魔力操作の練習だかをしてる最中に、思いつきでやってみたら出来た、偶然の産物だぜ。
「ただ、まだ完璧には扱えていないようだね。部分強化なしで受ける事になったが、外傷はこの程度。これからの鍛錬に期待だ」
「……へっ、言いたい事はそれだけかよ、パパさん。そんなら続きと――」
「まあ落ち着くんだ」
飛び出そうと足に力を入れたところで急にストップを掛けられる。
「トウマ君には、次の段階に進んでもらおうと思う」
「次の段階だぁ?」
言いながら少し距離を置いて見ていた大護に手招きをするパパさん。直ぐに俺の隣へやってきて、続きを話し始める。
「そうだ。先ずは今の戦いについてだが……君の中の疑問は最後だけだろう。何故私に攻撃が通らなかったのか」
首を縦に振る。それ以外はいつもと同じだったからなぁ。
「理由は簡単さ、これが部分強化の真骨頂になるというだけだ」
――ッ!? それってつまり……
「どういう事だってばよ?」
「ちょっとは考えてから聞けや。……多分国王様は、腹の部分強化だけでお前の攻撃を受け切ったんだ……それも半端じゃない魔力量を使ってな。理屈は分からないけど、冬馬の攻撃が全く通らなかったのは、その魔力量が原因なんじゃないか?」
自分の考えを話した大護がパパさんへ視線を送る。パパさんは満足そうに深く頷いた。
「正解だ。理屈としては、トウマ君が腕の部分強化に使った魔力よりも多く魔力を消費して部分強化を行った。その結果が今の通り、部分強化を貫通する事が出来ず、腹の前で止まった、という事だ」
ほへぇ~そんな事が出来ちまうのかぁ。肉弾戦と思わせておいて、何だかんだで魔力が大事って感じだな、よし把握したぜ!
「理解して貰えたようで良かったよ……さて、トウマ君に与える次の……いや、最後の課題は、培った知識、技、全てを使って私を超えろ」
雰囲気をガラリと変えたパパさんの鋭い眼差しが俺に向けられる。特訓開始前だったら、その雰囲気に呑まれちまっていたかもしれねえが、今はその眼に立ち向かえる。
「やってやるぜ、パパさん! 何だったら今からでもなァ!」
「いや、今からはやめておこう。私も本気で戦うとなると、少し準備をしないといけないのでな。……トウマ君も今日はそのまま休むといいさ」
俺にそう告げたパパさんは、視線を俺の横へと向ける。
「さて、君はどうする? キリュウ君」
◆ ◇ ◆
心底悔しい。
冬馬と国王様の戦いを見て、冬馬が先に進んだのを目の前で聞かされて、俺が思った事はそれが一番強かった。
そして、狙ったかのように国王様から飛び出した俺への質問。俺の返事なんざ分かってるくせに。
「やるに決まってるでしょう、俺だって本気の貴方を引きずり出してやる」
「……いつもどこか私に対しての遠慮が感じられていたが、やっと君の本音が聞けた気がするよ」
貴方がそう仕組んだんだろうとは言えなかった。俺の事を思っての行動だったのは何となく分かるからな。
多分俺と冬馬の立場が逆になっていたとしても、同じような事をしたんだろう。そうに決まってる。そう思っとかないとなんか辛い。