半端ねえ
理由は簡単だ。俺たちは力を抑えている状態でも、国王様はかなりマジで襲い掛かってくる。その猛攻に耐え切れないだけだ。
一日目なんて、開始の合図を聞いたと思ったところで、気が付いたら夕方になっていた程だ。
この特訓もそろそろ要領を掴みたいところだけど……いまいち上手くいかない。
そんな事を考えている内に国王様が準備を終える。俺と冬馬もすぐに身体強化を行う。
「……開始だ」
その声と共に俺たちに特大サイズの炎魔法が迫る。しかしこの炎は恐らくフェイクだろう。三日目くらいに一度見た。
魔力障壁を全力且つ"全方向"に展開。多少亀裂が入るが、受けきる事には成功。……しかし、あのサイズの魔法が今の魔力障壁くらいで受けきれるという事は……。
俺の考えが脳内を過ぎる前に、後方でガラスが割れるような音が鳴り響く。
「やはり、二度は通じんか」
「あ――ったりめェだろッ!!」
冬馬の怒号と共に地面が揺れる。その音と衝撃を受けた俺は一瞬ふらつくが、冬馬に抱えられるような体勢で持ち上げられ、そのまま国王様から距離を取る。
降ろされた俺は直ぐに国王様の方を見る。また距離を詰めてくるという事は無いようだが、気は抜けない。
こちらからも攻めた方が良いのかもしれないが、この訓練はあくまでも"逃げ延びる"事が目標だ。無理はしない方がいいだろう。
意識を集中させたまま、一度状況を整理する。
現在俺たちと国王様との距離は、目測で十メートル前後といったところ。未だ国王様からは動く気配も、魔法を使ってくるような気配も感じられない。
かと言って一瞬でも気を緩めたら終わりだし、今の俺たちの力では、反撃に出る事も難しい。このまま時間が過ぎるのを待つ方が得さ――
「いつまであの"偽者"を見続けているのだね?」
耳元で不意に聞こえる声。聞こえた瞬間、その方向を見る事もなく飛び退こうとするが、それも全て遅すぎた。
「"陽炎"」
いつの間にか俺と冬馬の間に移動していた国王様の口から言葉が発せられたかと思った矢先、俺の首に鋭い衝撃が入り、そのまま意識が遠のいた。
頬を撫でられるような感覚を受け、重い瞼を上げると、訓練場の天井が視界に広がっていた。
国王様の攻撃をくらってからどれ位の時間が過ぎたのかは分からないが、辺りから声が聞こえてくるところから、他のみんながまだ訓練を行っている最中である事は把握できた。
今俺が把握できないのは、後頭部にとても柔らかい感触があり、視界の上半分に陰が差している事だけだ。
「あ、おはようダイゴ君。身体は大丈夫? 痛くない?」
「あぁ。ただ展開に付いて行けなさ過ぎるから、状況説明が欲しいかなアリアさん」
陰からひょこっと顔を覗かせたアリア。状況を察して色々考えようとしたけど止めておく。しいて言うなら後頭部の感触は最高だし、アリアって意外とわがままボデ止めようって俺っ!!
「状況説明……っ!? あ、あのこれは、ね? そのぉ~……じ、地面で寝て身体痛くしたら、ダイゴ君嫌だよなぁって思って……迷惑だったかな?」
激しく首を横に振る、柔らかい感触が頭全体を包み込む。嫌な筈がない、沢山の意味と思いを込めてアリガトウゴザイマス! としか言い様がない。
……こういう事考えるの止めよう俺。ほら、アリアの顔が赤くなってるじゃん。学ぼうよ。俺の考えは筒抜けなんだから。……不本意ながら。
「そっ、そう言えば! 冬馬と国王様はどうしたんだ?」
精一杯のいつも通り感を出しながら話題を別の方向へと逸らす。声が裏返っていたかもしれないが、そこはご愛嬌とさせてほしい。
「えぇっとね……トウマ君は少し前に起きて、外で顔を洗ってくるって言ってたよ。国王様は、私がこっちに来る前にはどこかに行っちゃってたから、どこにいるのかわかんないけど」
「そっか、ありがとうアリア」
現状はなんとなく分かった。今日この後の訓練の流れが気になるところだけど、一先ず今回の反省をしておかないとな。
今日は時間にして五分前後ってところか? 初日に比べると伸びてきてはいるが……どうすればこの訓練に大きな成果が出せるのか。
今後の為にも、早い内に何パターンか試して行った方が良いかもしれないな。逃げに徹する時と、敢えて攻撃に行ってみる時。それとヒットアンドアウェイ方式とかもかな。
そうなると、冬馬にも話しておいた方がいいな……寧ろアイツの意見も聞いてみた方がいいか。俺とは違う発想を持ってる可能性もあるだろうし。
それと……ちょっと試したい事もあるから、それも活かせれば勝呂は開けるかもしれないな。
どうしたもんかと考えながら、頬をポリポリと掻いた時に、目覚める切っ掛けとなった感覚を思い出す。
「そういやアリアさ、何で俺が寝てる時にこの辺触ってたんだ? なんか付いてたか?」
自分の頬を指差しながら何気なくアリアに聞いてみる。少し待つもアリアから返事がない。ただのしか違うから。
不思議に思いつつ、後頭部を幸せの感触から巣立ちさせるために起き上がろうとしたが、身体が上がらない。簡単な話、アリアが俺の肩に両手を置いて抑えてたからである。
「えーっと……アリア、さん?」
今の角度からは彼女の表情は見えない。ダイナマイトな部分で隠れてしまっているのだ。さっきみたいに少し顔を覗かせてくれればいいんだけど、それもしないから全く表情が伺えない。
不思議な時間が流れ、そろそろもう一度声を掛けてみようかと思い始めたタイミングで、アリアが俺の目の前に自分の顔を寄せてくる。
そのまま彼女は、俺が指差した頬に自身の細く小さな指を当てる。
「なーいしょっ」
そうして、不意に向けられた弾ける笑顔に対し、俺に抗う術など存在するはずもなく、その場で完全停止するという何ともヘタれた手段をとる他なかった。
アリアはそのまま俺の頭を自分の手で包み込み、そっと地面に置く。そうして訓練場の外へと走り去って行った。
聞こえるのは他のみんなが訓練に没頭してるであろう声や武器同士が当たっていると思われる甲高い金属音のみの状況。
しかし、辺りの音は俺の耳には入っているが、意識には入っておらず。
俺の頭を駆け巡っているのは、自分の心音と、アリアが見せたあの笑顔だけだった。
その後俺の意識が戻ってきたのは、冬馬からバケツに汲んだ水を頭からぶちまけられた時だった。冬馬曰く「頬に手を当てながら、めちゃんこ素っ頓狂な顔してた。カメラの用意をしておけば良かったと激しく後悔したぜ」との事。そんなアイツの軽口にも一切反応できない状態だったのは内緒。
今日の教訓。女子の笑顔は半端ねえ。