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二話

           一

「あー頭ぐわんぐわんする。 ひっく、ぎもぢ悪い……」 

 ルフは喋る木々ことアストラの森を抜けて、本来馬車が通ったであろう、舗装も何もない獣道を歩く。

 森を抜けると、今度は鬱蒼とした茂みが出てきた。

 先程のような碁盤の目のように並んでいるわけではなく、各々自由に木が――当たり前ではあるが、生えていた。 

 シダにスギと見覚えのあるものから、ワチフと言う名の幹が青みがかっているもの、微力ながら魔力を発するシハノミエなどそうそうお目にかかれないような植物も生い茂る。

「おい悪魔」

 いつもなら目を輝かせて見ている動植物たちには日が傾きかけ、その上気持ち悪くてさっさと寝たいルフの目に止まることはなく、視界を通り過ぎてゆく。

 ただ体調が優れないせいで全速力で走れず、人並みの早歩きしかできないほどだった。

「悪魔! こら! 止まれ!」

「ぎもちわるい。 どうしようっふー、もう吐こうか……」

 ルフは顔を青くし、おぼつかない足取りで木にもたれて、口を押さえる。

「うっぷ……だ、だめもう…………無理」

「やっと止まった……。 貴様、先の木々の指揮をとっていた者だな、私に名を名乗ることを許そう」

 軽い息切れを整え、ルフの前に赤毛の少女が回り込んで立ちはだかる。

 少女は不自然だった。

 凛としていながら、可愛らしさの残る顔立ちでセミロングの赤髪赤い目をもち、数キロはありそうな鉄の鎧を着ている。

 モンスターやケモノと旅先で出会うことはよくあるので身を固めることはそうおかしなことではない。

 ただ、場所がずれている。

 獣道といえど人のよく通るところには、滅多にモンスターは現れず、この森は勇者の家が近いことでケモノですら、顔を出さない。

 安全区域であるここに鎧を着込むのは不自然以外の何者でもない。

 今のルフには関係なさそうだが。

「あの、それどころじゃないので……」

「それどころじゃないとはどういうことだ! まさか、私以上に気にかけるべき存在がここにあると言うのではあるまい!」

「えっと……あー。 あれ……とか?」

 ルフが当てずっぽうに指を差し、少女はそちらを向く。

 そこにあったのは、ここを通る者以外は生涯見ることもないであろう、赤く幹が光る木や変な匂いを出す木が、

「なんにもないではないか! 私を、この私を騙したな!」 

「はい……まあ」

「ふふふ、私が誰か貴様は知らんようだな。 ギルド、ハウステリアの創設者が一人、エレスト・フロウの孫娘だぞ!」

 薄っぺらい自信と同じくして薄っぺらい胸に手を置き、後ろ盾のみを語る赤毛の少女のことなど気にもせず、青いルフは修羅場を乗り終えようとしていた。

「ふん! ……なるほど、私ほどの存在に悪魔の貴様が名を名乗ることを憚っているのだな? 構わん! 一向に構わんぞ! 名を言うだけで馬車の恨みと叩き斬ったりせん。 さあ安心して答えよ銀角の悪魔、貴様の名は?」

 気にも止めない銀角の悪魔。

「ん? どうした、答えんか。 貴様の名はなんだ」

 青いルフは少し口を動かして少女に伝えようとしていた。

「ミズヲ? ……クダサイ? 貴様の名はミズヲクダサイというのか? うーむ、悪魔の名は変なものが多いと思ってはいたが、最近の者の名は文章だとは……」

 感慨深く頷く少女に全力で首を振るルフ。

 どうにかして言葉を発そうとするが、声帯を震わせた直後に強烈な吐き気を催してしまう。

「仕方あるまい、可愛そうな貴様に名をくれてやる。 そうだな……ギン? テツ? んーー、名前というものはおいそれと浮かばぬな」

 少女はホクホクとした表情で名前を決めてやろうとルフの周囲を見て回る。

「これは剣……か? 妙にボロっちいが、ほお玉鋼ではないか」

 手に取った王国印の入った剣を数センチ鞘から出して、日に向けてみる。

 ギラギラと剣は笑うように少女に光を当て、少女もまたそれに微笑んだ。

「ワカルンデスカ……? まあな、これでも鍛冶を習ったことがある」

 ルフはいつの間にか少女の話を長々と聞いていた、そのほとんどが愚痴や悪口だったが悪魔である自分にそこまで話してくれるのが嬉しかったのだ。

「おや、悪魔さん。 先程の手際、さすがでした」

 茂みから音を立て、何かが出てくる。

 モンスターかと思いきや御者のおっさんだった。

 おっさんの姿は土にまみれて、服もボロボロ、雨に打たれたせいでびしょ濡れだった。

 それに気がつくと慌てて頭を下げる。

「いえいえ、良いものが見れましたし、今日は勘弁しますよ。 でも、次は許しませんからね」

 冗談なのに、また頭を下げるルフにおっさんは微笑む。

 おっさんはでは、と軽い会釈をして去ってゆく。

 悪魔と人間は対立の関係にあるはずなのに優しく接したおっさんにルフは感動を覚えていた。

 おっさんの真意、勇者への好感度アップが目的だとは夢にも思うまい。

「あいつ……」

 少女もまた真意には気付いていない。

「あいつ、飼い主である私を無視しただぞ! 叩き斬ってやる、ええい、離せ! 離すのだ!」

 それ以前の問題だった。

「死刑だ! 祖父権限で死刑にしてやる! だから離せ! 貴様も殺すぞ!」

 どのくらい経っただろうか。

 ルフが少女を押さえて、吐き気も押さえてているうちにおっさんの姿は見えなくなり、少女の怒りも収まっていた。

 暴れてくれたお陰でルフの気持ち悪さと顔色の悪さは限界に達していたが、そんなことを少女は気にせず、気づかずにいる。

「くそっ、あの御者の顔は覚えたからな……!」

 そう言う頃には、日はすでに夕方手前を表していて、二人の影も少しずつ伸びていた。

「今日は野宿か……あー嫌だ嫌だ。 宿でもあればなあ」

 そう愚痴りながら、獣道をまた進み始めた少女にルフはほっと一息ついて、地面に腰をかける。

 吐き気が増し、動けそうにないルフはそのまま寝っ転がろうと、

「何をしているミズヲクダサイ! ついて来い!」

 もう開放してもらえないだろうか、そう思うミズヲクダサイであった。

          二

「まさかミズヲクダサイがここまで使えない悪魔だったとは……。 それでも、人間の上位互換か?」

 少女は不慣れながら、ルフの代わりに焚き火、寝床、食事の準備をしていた。

 焚き火ではこっそりルフが魔法で火をつけ、

 寝床はルフが少女が目を離したすきにメイキングを手早くこなし、

 食事はルフが味付けを全て直す、という見事にソロプレイだったが。

 その間に日はすっかり落ちて、三日月が顔を出し、星が木々の隙間から夜空とともに漏れているのを見るだけでもルフは気持ち悪いことを忘れていた……ついで少女のことを忘れられないだろうかと口には出さず心の中で泣き叫ぶ。

 ぱちぱちと持参の備長炭が快いリズムで燃え、少女はその姿に夢中であった。

 誰の持参かは言うまでもない。

「それにしても、馬車を壊されたときはあの悪魔をどう壊してくれようか……と考えていたのだが」

 星を眺めるルフ、ことミズヲクダサイを見て、

「今はあまりそう思わんな」

 少女の頬は緩んだ。

「でも、弁償はしてもらうからな! あのサラブレッドも捕まえてもらうし、感動のあまり拍手をしていた御者も連れ戻してもらう! 分かったか、絶対だぞ!」

 ルフは少女の方を向いてうっとおしそうに頷く。

「悪魔の契約は絶対だからな!」

 あまりの大声に頭ががんがんするのをどうにかこらえる涙目のルフはもう二つ頷く。

「実はな、私はとある人と結婚するためにギルドに行くんだ。 そいつは人と悪魔のハーフらしいんだが……貴様のような手のかかる悪魔でないと良いのだがな」

 手のかかるというところを無視して、自分以外にもハーフデビルがいるのかとルフは少し感心し、大きくうなずく。 

 そして同情した。

 大いに同情した。

「なんでも、勇者の父を持つらしいのだが……なんとも嘘くさい。 でも、悪魔は嘘をつかないと言うしきっと真実なんだろう」

 少女の顔が少し曇る。

「…………」

 ルフの顔も曇る。

「そして、魔王との関わりもあるらしい。 師弟の関係にあるのだとか」

 更に少女の顔に陰りが見え、涙をためていた。

「そいつが貴様のような奴でなければいいのだがな!」

 顔がクシャクシャになるのをどうにか抑えて、精一杯の笑顔を作る少女。

「……そいつの名はルフ・アーガイル。 私と同じ十六歳だ、っておいどこに行く」

「トイレですよ。 どこかに行こうってわけではありません」

 そう言ってルフは荷物を手に取り、焚き火の前から離れる。

「そうか、ってお前喋れたんだったら喋れ……、あれ? 漏れそうだったのか?」

 ルフは走った、全力で、気持ち悪いのも忘れて、大事な剣も置いていって。

 ルフはこのとき決意した。

 この少女の前ではなんとしてでも、ミズヲクダサイであろうと。

 結婚なんぞ、してたまるかと。


 どうも、永遠のソロプレイヤーイイネです。

 今回の話のテーマ的にはグイグイ来るヒロインを幸薄い主人公がどう対応するか、でした。

 まあ、逃げに文字通り走っちゃいましたけど……。

 バトルものなのに、バトってないって言わないで下さい。

 次回はきちんとバトらせますので。

 あと、追伸。

 この物語では、魔法以外にも魔術、マナといった概念がちょいちょい垣間見れますけど、そういうのの解説はしませんし、それメインじゃないので、描写も薄味です。

 凝って書いているのはモンスターなので。

 すんません、それ目当てだった人には申し訳ないです。

 個人的には、ゼロから始める魔法の書の魔法描写が好きです。

 どうでもいいですね。

 はい。

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