25話:お父さんの心筋梗塞と母の痴呆
2016年2月12日、全財産の残金が130億円、76%の100億円を米ドルに両替し、約9900万ドルを送るとティムにメールを送った。この9900万ドルを投資ファンドで運用にすることにした。その残りの30億円を「入間の里」の運営資金に充てようと考えた。
実際の費用は、給料総額が2400万円、食費2000万円、電気ガス水道600万円、その他諸費用1000万円を含めて、年間4000万円程度。残金が3億円を切った段階で、スイスのファンドから、日本に七郎の米ドル口座に、送金してもらうように手配した。
苦学生の学生寮が、一段落した頃、2016年4月12日の昼。七郎の女房の恵子さんのお父さんが、山崎仁さんが心筋梗塞で倒れたとの連絡が入った。入院先のけいゆう病院に、お見舞いに行き、その時の様子を聞いた。
恵子が病室で待っていて、父と母が散歩している時、急にお父さんが胸の痛みを訴えて倒れ、近くにいた学生さんが、すぐ救急車を呼んでくれ病院に担ぎ込まれて緊急手術で命を取り留めたと告げた。おかあさんは、口もきけないほど憔悴しきっていた。
病室でも、窓の外の一点を見つめる様に、ただ黙っているだけだった。お父さんの方は、すっかり意識をもどしていた。むしろ、疲れ切った、恵子さんのお母さんを心配して、七郎君、妻をタクシーで送っていってくれと言った。そこで、少しして、恵子とお母さんと3人で実家に帰った。
家に戻るとお母さんが、お父さんは、どうしたのと言うではないか、散歩中にいなくなったので、探しにいこうと言いだした。入院見舞いに行って帰ってきたばかりよと恵子が言う言葉にも、お父さんがいないと言うばかり。
この様子を見て七郎がKU病院に電話し、お父さんを手術した先生に、状況を説明したところ、お父さんを特別室に移して、そこにベッドをいれて奥さんもしばらくの間、その特別室へもうお1つベッド入れて、入院させて方が良いと助言してくれた。
その助言を聞いて、そうさせていただきますと言い、もう一度、3人で七郎の運転する車でけいゆう病院に戻り、お父さんの特別室に、お母さんも入院させてもらう事にした。母が、父の顔を見て安心して心筋梗塞の事を思い出した。明日、お母さんを循環器内科の痴呆外来で診察を受けてもらう事にした。
そこで、恵子と七郎はすぐ近くのホテルに泊まる事にした。そんなやりとりをしている最中に、母が疲れたのか、眠り始めた。そこで、静かに、明日、又来るねと父に言い残して病室をあとにしてホテルにチェックイン。夕食後、早めに床につき、翌朝は、早めに起きて朝食をとり8時前にホテルを出て病院に入った。
母の外来診察の手配をして9時過ぎに循環器内科の外来に母を連れて行った。10時頃、外来に3人で入り、診察を受けた。先生の問いかけに、ちょっとぼーとした感じで受け答えをしていた。七郎が昨日の出来事を先生に話すと、多分、大きなショックを受けて動揺して痴呆症状が顕在化してきたのでしょうと言われた。
痴呆の検査をしましょうと言い恵子と七郎は、外で待つことにした。20分位で診察を終え七郎が先生に呼ばれた。痴呆の程度は、かなり進んでいて3種類の薬を飲んでもらうことになりショックが収まって普通通りの生活ができるまで数日、お父さんの病室で一緒に入院してもらいましょうといわれ承諾した。
1週間くらいで母が正気に戻り、自宅に戻った。その後、父親の方が、不整脈が見られ程度も悪く、ステント手術後、体調が回復したらペースメーカをいれる手術が必要だろうと言うことになった。
特別室から普通の病室に移り、入院後2週間して、ステント手術を受けることになった。手術は2時間程度で終了した。リハビリなどをして4日後、2017年5月20日に退院した。その後、夏から普通の生活を始めて9月頃から両親が散歩を開始し今までの生活を取り戻した。
その後、七郎は週に2回、入間の学生寮に出かけた。学生達を集めて、家庭教師の仕事を探すので、希望しない人は手を上げて下さいと言うと、手を上げる人がいないので、全員の家庭教師のバイトの手配を開始する事にした。




