14話:両親への結婚の報告とリーマンショック
翌朝、海の見えるレストランで朝食をとりながら、これで、結婚式の事も結婚指輪もきまってめでたしめでたしと恵子が笑った。恵子さんが、明日、電話で結婚指輪のイニシャルと結婚式の日付を元町のスタージュエリーに電話しておきますと言った。
次の週の土曜日に2人でホテルニューグランドへウエディングの打ち合わせにいく事にした。土曜日は、あいにくの土砂降りだったので車で、ホテルニューグランドへ、ウエディングの打ち合わせに向かった。ウエディング担当者と打ち合わせが始まり、人数の話になった。
七郎が、私の方は、会社関係社含めても10人だけだと言った。すると恵子さんが、私の方だけ大勢というわけには、いきませんと言い出した。ホテルの担当者が一応、25名様以上のウエディングプランでお願いしていますと話した。七郎が、恵子さんの方で、少なくて悪いが15人でお願いできないだろうかと頼んだ。
わかりました厳選して15人選びますと言った。これで、ウエディングプランが決まり、後はドレスと、タキシードを決めて、着替えて和装もお願いし終了した。帰りに元町のスタージュエリーに立ち寄り結婚指輪を受け取り家路を急いだ。
数日後、この結婚の話を正式に、恵子のお父さん山崎仁さんと、お母さん山崎仁美さんに話しに実家へ向かった。実家につくと、山崎仁さんが、あなたが、恵子の勤めている会社の社長さんの木下七郎さんですか、恵子を何卒宜しくお願いしますと言った。
七郎が、恐縮です。こちらこそ宜しくお願いしますと言った。次に、お母さんの木下仁美さんが、わがままな娘ですが、どうぞ宜しくお願いしますと言った。いえ、仕事のできる素晴らしいお嬢さんですと答えた。ご両親から、七郎は、正式に結婚の許可をもらって、ほっとした。
結婚式の日付と場所、その後の新婚旅行の予定。訳あって、七郎の親族が少ない事などを話して、彼女の実家を後にした。やがて12月、クリスマスが終わり除夜の鐘、また新しい2008年が始まった。今年は、恵子と二人で横浜の伊勢皇大神宮に初詣をして2人の健康と幸せ、結婚がうまくいきますようにとお願いした。
春めいてきて3月が去り結婚式の当日、2008年4月16日を迎えて、手はず通り、ホテルニューグランドで、木下七郎の育ての親、リチャード・RSCと山崎恵子さんのお父さん、七郎商会の社員や新郎新婦の友人など、参列者25名で、結婚式と披露宴を行った。
七郎の育ての親リチャードが祝辞を述べた。約3時間で終了して、4月28日から7泊8日、東北から、新潟、名古屋、神戸、博多、出雲大社、広島、岡山、大阪の旅へ出かけた。新婚旅行を無事終え、自宅へ帰ってきた。その後、七郎は、鎌倉のリチャードの家を出て恵子とマンションでも借りようと考えていた。
しかし、恵子が、横浜の家の離れを使っていた恵子の兄弟が、次々に出て行ったので両親と一緒に住んでくれないかと言ってきた。七郎は、長く独身であり、特に断る理由も見つからないので、同居に同意した。現在、家の離れが、倉庫代わりになっているので、片付けて、2DKのとして使うことにした。
本宅とは廊下で続いていて行き来するのにも便利だった。新婚旅行から帰ってきた次の日に恵子のご両親に、離れを使わせてもらう挨拶をして同居を開始した。この年、世界経済では、大きな出来事が起きた。それは、2008年に9月15日についにアメリカ合衆国の投資銀行であるリーマンブラザースが経営破綻。
その負債総額は、約6000億ドル「約64兆円」という史上最大の倒産により世界が鎖的な金融危機を招いた。日経平均株価も大暴落し9月12日の金曜日の終値は12214円だったが、10月28日には一時は6000円台「6995円」まで下落し1982年10月以来の安値を記録した。
2008年10月3日には、アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュが金融システムに7000億ドルの金銭支援をするための法案に署名した。2008年に金価格が、高騰して1グラム3300円なり、七郎は2000kgの金を66億円で売却し総資産が67億円1840万円になった。
売却後、すぐに、金が急落して2008年12月に1グラム2100円で3000キロ、63億円で、金を再度購入し、購入後の資産は2億円となった。日本でも2009年10月、日本航空が経営破綻。




