ぽかぽかの香りの人
唐突に聞こえてきた聞き覚えのない男性のバリトンに驚き、春雷へと手を伸ばし抱っこを求める。すぐさま抱き上げてくれた兄の腕に安堵しながら声の主へ視線をむけると背の高い男性。太陽のような笑顔と優しさの滲み出る格好良さ。なんというのか、癒し系? ただ父に向ける視線のなかには楽しんでいるような、悪戯っ子のような目がキラキラしているような……。
うん! 皆様が思うゴールデンレトリーバーのイメージを人に当てはめてみてください。そんな感じです!
『なんだ明俊居たのか。 そこで何をしているんだ?』
金 明俊、金侯爵家当主でゴールデンレトリーバーの姿を持つ聖犬人。翁季の幼馴染でもある。
『うちの嫁さんと紅家の奥方様が一緒なら、お前が寂しがっているかと思ってね、くくくっ』
『本当は?』
『末っ子姫君をお世話したくてねぇ。ほら、うち男三人で姫がいないからさ、可愛い姫が生まれたと聞いたら逢わないわけにはいかないだろう』
んん? なんか、私の方みて話してる?
なんだか、ぽかぽかの良い匂いだけどいつも笑顔の父様が笑わないから良くない人なのかな? うーん?
「…………」スンスン
クンクンスンスン匂いに異常はなし!
『クスクス、どうしたんだい?』
兄様がクスクスと笑うと振動が伝わって面白い。近くで見る兄様のお顔は相変わらず綺麗で、にっこり顔を真似してにっこりと返す。
『……!! 花胡、にーいーにー、ほら言ってごらん』
「にぃーいーにー?」
『うんうん、そうだよ、上手だね、可愛いね』
「にぃーいーいー!」
『おぉ、これは確かに可愛いなあ。流石のお前でもでれでれぐすぐずか!』
『ふんっ、うちの娘はこの国一の姫だからな! 仕方あるまい!』
ぶはっ、と盛大に吹き出し、花胡に近づいてくる。兄が警戒しない為、やはり危険人物ではないのだろうと思う。けど、近付いてくると爛々と輝きを増す瞳に思わず兄の服を握りしめ頬をぺったりと胸板に押し付ける。
『花胡、怖くないから大丈夫。心配いらないよ』
よしよしと背中をぽんぽんあやされ縮こまっていた尻尾が緊張を緩め、じっと男性に視線を固める
ふふふと笑顔を向けてくれて、視線を上へ、兄様へと移す。
『久しぶりだね、春雷。キミも妹姫に骨抜きなんだね。ふふふ』
『ご無沙汰しております。挨拶が遅れてしまいすみません、明俊さんもお元気そうでよかったです。
はい、妹がこんなに可愛いとは思ってもみませんでした』
『今日は居らぬが、瑤俊も妹姫に逢いたがっていたから恐らく王都の紅家を訪ねると思うが……まぁ、よろしく頼む』
『はい、そうだろうとは思っておりましたので、承知致しました』
兄と談笑をはじめた様で、手の空いた父がひょいっと私の体を兄から抜きとり抱える。
「とぉーとぉー!」
『ふふっ、もう覚えるなんて花胡は偉いなあ』
うんうん!満面の笑顔を向けてくれる父様が好きです!
暫く父様の腕のなかから犬たちと触れあいを楽しむ。柴犬は波長が合うのか、けして乱暴にされることもなく幼子特有の力加減で触れても穏やかな対応をしてくれる。勿論、父が間に入り痛みを与えないよう直ぐに対応してはいるが、大変大変大変良い犬です。ゴールデンに至っては、抱っこを逃れて体が大きいからと上にのし掛かっても潰れない。優しい母性溢れる対応で、もちろん父が慌てて持ち上げるが、不満にぐずるとすり寄りあやしにはいるという具合。流石、金家飼育のゴールデンレトリーバーです。
『ふふふ、その子達を気に入って頂けましたか花胡嬢?
はじめまして。私はキミの父上のお友達の……えーと、』
「?」
『ふふふ、金 明俊と言うのだけれど、そうだなあ、めーいーしゅーんー』
「うぇぃーちゅーうー?」
『やはり難しいよな。ははは、よしよし、可愛いね』
『うぇ……ちゅーぅー!』
『ぐふふ、うんうん良くできました。あぁ、可愛いな』
『ふっ、そうであろう? まあ、当たり前だがな!
私と美恵の子どもだからな!!』
大人達の話しは興味ありません。私のなかで、うぇちゅんさん(明俊)は怪しくないと断定されたので、このぽかぽかの香りを堪能しようとすり寄ろうとゴールデンのわんちゃんに背中乗せて!とアピール。
伝わってはいないだろうが心なしか困ったような表情で目の前で伏せをする所をみるとわかっているのだろうか?まあ、良いやとよじよじ登る。ゆっくりと起き上がり慎重に進み後ろを向いている明俊の足元へ到着。良くできましたとよしよしと撫でているつもりでぽんぽん叩き、躊躇いなく手を離す。
そのとき、わかっていなかった。まだ、ハイハイも出来るようになったばかりの赤子はバランス感覚なんてものを持ち合わせてやしない。なんてことを、当人の赤子が考えるはずもない。止めなさいとキュンキュン鼻を鳴らすわんちゃんに父様達が気付き顔を青くした瞬間、お決まりの……
ぐらっ、
『……! 花胡!!!』
「!!!!」
ズサーッ
落下してぶつかると身構え地面を擦る音が響く。
ん?暖かいくて良い香り。
目を閉じたまま耳と鼻を駆使して状況を把握、ん? 目を開けてみると前には上質な生地、うん?
『痛いところはないかい? 』
労るような心配の表情の明俊、ただ、ちびっと目の奥が笑っていないような……怒ってるのかな……
「クゥーン……うぇーちゅーぅ……」
『……ふふふ、お転婆さんだなぁ姫は、けれど私のところへ来たかったのかな?』
お耳ペターン尻尾も足の間に丸まってしまい、瞳をうるうるさせてしまえば慈愛の目に変わりトントンとあやしながら甘やかしてくれる。花胡のなかで明俊は大好きなおじ様となったのでした。見た目が父同様に青年にしかみえないのでお兄さんのような感覚でもある。
『ところで、いつまでそうしているのだ? 翁季?ぶふふっ』
どうやら落下する時に受け止めようと滑り込んだのは父、翁季だったようで魔法でクッションを敷いて飛び込み怪我はないようだが……
何故かその姿勢で止まっている……
『……んん? 魔力痕? こいつが魔力を跳ね返さず被るとは……
あぁ、これは春雷の魔力か! 相変わらず優秀なのだな!』
落下する花胡を慌てた翁季は自ら飛び込んだはいいが、明俊が瞬時に浮遊魔法で自分の腕へと受け止めたと同時に静止魔法を慌ててかけた春雷の術が翁季へと流れ着いたという。
春雷は、飛び込んできた翁季に驚き瞬時に美を翻したゴールデンレトリーバーを受け止め方あやしており父の状況に気づいておらず、花胡が無事かを確認したのち、いまだに落ち込む犬にご褒美のジャーキーを与えている。
『いやぁ、こいつのこんな姿はもう死ぬまで見られないかもしれないな、あははははは! 在儲(保存)あっは、はははは!
春雷っひっひ、そろそろ翁季の静止解いてやったらどうかな?ぶふっ』
うわぁー!申し訳ありません父上!とかなんとか、慌てている兄の声を尻目にヒクヒクと楽しげな明俊の顔をペタペタ触る。届かないけれどお耳に触りたいのです。柴耳とは違う垂れ耳が笑うとピラピラ揺れるのが気になるのです。
『おやおや、耳に触りたいのかな? 求愛行動なんだけどな? ふふ、そうかそうか私が好きなのかい?ふふふ』
『おい、そこの腹黒、そろそろ私の娘を返してもらえるだろうか?
あと……写画を消していただきたい!』
『なんだ、ようやく回復したのかい? キミが他人の魔法を受けるとは天変地異の前触れかと思ったよ!ぶふふっ
断ろう! 我が家の家宝として額にいれておくよ』
『ちっ、まあ、花胡を助けてくれたことにだけは礼を言おう』
『いえいえ、どういたしまして』
父の姿をみて手をのばすと悠々として甘い笑顔で花胡を奪い取る。そして、検査魔法で傷がないか総チェックをしたうえで再び抱き締められる。
暫くのち、再び翁季と明俊のじゃれあいが勃発したところで春雷の腕へ戻り、やっぱり安心する腕のなかで眠りに落ちる花胡でした。