昔むかしのお話しです
昔むかし、あるところに……
透き通る白い肌に絹のような長い黒髪、儚くも美しいと評判の少女がおりました。彼女は街一番の美少女と言われるだけあり、求婚をされることも多く、幼い頃より有力者達もどうにか少女を手中に納めたいと考える程でした。
どこの話でもあるように、争いへと発展し、その元凶である少女は罪人と噂されるようになったのでした。
旦那が少女の虜になってしまったと言われれば、元凶は少女にある。妻にと、息子の伴侶へ、愛人に、金の卵として、各々の思惑は様々であったものの、銭を投じて身を滅ぼすかの如く贈り物に金銭をつぎ込み言葉そのまま身を滅ぼしたものが続出したのです。
噂の発端は、名門貴族の子息が婚約者をもちながらも少女に恋をしてしまったことからでした。婚約者としては面白くない事で、ついぼそりと呟いてしまった言葉からでした。
『あの女は妖女よ、禁忌を犯した罪人よ、彼もあの女の魔力に取り付かれてしまっただけなのよ』
自分を保つために、独り言のつもりで呟いた#悪口__あっこう__#でした。傍で聞いていた侍女から侍女へと、やがては街全体へ妖女の罪人という噂が拡散され広がっていったのでした。
少女も始めは否定していました。
『自分は何もしていない』
…… と、けれど、贈り物を受け取っていた家族、親族、友人、それまで煩く言い寄る者も総じて掌を返すように離れていった。
否定する事にも疲れてしまったのでした。
少女には幼い頃より誰にも知られていない秘密の場所がありました。そこは、街の誰もが近寄らない森の奥。獣の森と呼ばれ、入ったら戻ってくることは出来ないという噂のある森でした。
『獣の森?間違いではないけれど、この子が怖いのかしら?』
膝に頭を乗せスピスピと寝息をたてる一匹の子狼をみて笑ってしまう。私を包むように座る親狼の鼻元をごしごしと撫でて、温もりを堪能する。
いくら辛くても少女には心から落ち着き、癒しをくれる場所があったのです。言わずともお分かりでしょう、そう、獣の森。
きっかけは、まだ幼い頃のこと。息子の許嫁にと迫る大人から逃げるために森へと足を踏み入れたのでした。
鬱蒼としているとばかり思っていた森の中は、少女にとって怖いだけの人々に追われることもなく、澄んだ空気に落ち着くことのできる不思議だけれど神聖な空気を感じる所でした。
しばらく進む先には怪我をした一匹の子狼がいました。狼はこどものうちは親から離れない筈ですがどうしたのでしょう。理由は判らないものの、可哀想に思った少女は威嚇されても馴れない手つきで手当てをしたのです。
いつの間にか警戒心の解けた子狼に誘導され、森の奥へと進むと薄暗い森は徐々に木々の葉の隙間から木漏れ日が地面を照らしはじめ、森を抜けた先にはキラキラと煌めく泉が現れました。
奥には洞窟があり、そこを気に入った少女は秘密基地とすることに決めました。月日が経ち、成長しても少女にとって森や泉、洞窟や森で仲良くなった獣たちは特別な存在となっていました。
この秘密の場所がある事で彼女は自分を保てていたのでした。
ある日の事です。妖女な罪人として囚われそうになった彼女は、迷いなく森へと逃げたのです。いつもなら誰も追いかけてこない、森に入るとは思われない場所だったからです。
しかし、その日は違いました。森へ入る少女を知っていた者が居たことで森へと足を踏み入れた後も追われることになってしまったのです。捕まれば何をされるか分からない、誰も助けてくれない現実、秘密の場所が秘密でなくなった事で、とうとう彼女の心は限界にきてしまったのです。
咄嗟の判断だったのです。
『きゃー!こないでぇー、け、けもの、いやぁー』バシャーン
躊躇いもありません。目に見えない恐ろしい獣に襲われ泉に落ちていくという演技。内心怯えていた者たちには効果があるだろうと思ったのです。
自分亡きあとの今後も、森に人が近寄らないようにと、獣の生活を壊さぬようにと、……人生を大好きなここで終わらせたいという気持ちもあり底の見えない泉へと身を投げたのでした。
ぽこぽこと沈む身体、透き通る水は光を浴びキラキラと幻想的な光景でした。とはいえ、水のなかで呼吸は出来ないもので少女の意識は遠ざかっていこうとしていました。
《愛し子よ、、こころ優しき我が愛し子》
視界が暗くなってきたときの事、耳障りのよい声が脳内に響き、底から温かな光が少女を包み込みました。気づけば、水中でありながら呼吸ができています。
《ひとりで辛かったであろう》
『……え? 誰ですか……?』
《我は水龍神。ソナタはここで尽きる命ではないのだが、十分苦しみを生きてきた。ならば新たな旅へと出るのも良いだろう》
『神様……、……旅? ですか?』
《左様、この二つの玉のうちひとつを選びなさい》
真珠玉と琥珀玉が浮かび自然と心引かれる真珠玉へ手を伸ばす
《我、水龍から授けし玉の導きに我が愛し子へ祝福を授けよう。この者に幸あらんことを…また会おうぞ、愛し子よ……》
嵐のような出来事はあっという間に少女を連れ去り、見慣れぬ景色と、何処か安心する泉の前に座り込む。
何が起きたのか頭で理解出来ないものの、水龍……神様が与えてくれた事だということはわかったと、ならば、受け入れ大切に生きていこうと決意したのです。
『その方、どうされた? 気分でも悪いのか?』
その時です。額に金に輝く玉をもつ、中性的で美しい男性に声をかけられたのです。彼の頭には獣耳はありませんが人より少し大きく尖った耳をしています。
出逢ったのは、この国の王子様である聖龍人でした。もちろん、その事を少女は知りません。ただ、自分に帰る場所がないから住み込みで働ける場所はないかと初対面で失礼を承知で尋ねました。
『額の聖玉、聖狼であると見受けられるがはぐれ狼か?』
『わかりません。しかし、住む場所と生活をするために働き口を見つけなければと思いまして』
いくらなんでも初対面で全てを話すことはできません。とにかく、一刻も早く安定した暮らしができるようにと考えたのです。
ですが、此処は王都だったようで身分の証明や後見人が居なければ住み込みで働くことは難しいとのことでした。ならばと、王子様は自分の元で働かないかと提案してくださいました。
仕事は庭師として花や木のお世話をすること。聖玉をもつのは神の愛し子という証でもあったのです。水色の玉は生命の根元である水、祝福を持つ彼女に育てられる植物は美しく生命力溢れる様に成長していくのでした。
少しずつ心の距離が近づき少女と王子は恋に落ちていきました。やがて祝言を挙げ、王族として孤児院の設立など民の生活に関わる事業に携わるなどして国民に慕われる女性へとなっていくのでした。
王子が国王となる頃には二人の聖龍人と三人の聖狼人という子宝にも恵まれ、妖女と呼ばれた少女は龍獣国にて幸せに暮らしましたとさ。
そうそう、王子の手腕により国土は拡大していき、やがて王国は帝国へとなっていきました。
めでたしめでたし