小柴は光のなかに
《我、雷龍神より心美しい娘へと祝福と贈り物を授けよう――この者に幸あらんことを……》
ピカッと強い光に包まれるとふわりと身体が浮き上がり、まるで柔らかな毛布に包まれているような心地よさを纏う。しゅるしゅると徐々に意識と共に視界が暗くなっていきながらも不思議と恐怖心はない。
《気持ちいな。ぽこぽこと音がする。ふふ、水の音すき》
ふぁーあぁ眠いよお。むにゃむにゃ
《愛し子よ。そろそろ起きる時間だぞ。ほれほれ、起きよ》
《クゥン クゥン やだやだ、まだいや》
《すっかり幼子になっているのだな、構わぬがな、ぷふっ》
何だか聞き覚えのある偉そうな声。何処かで聞いたことがあったのだろう。ん?どこかってどこでかな。
《クゥン クゥン ふわぁあ 何だかきゅうきゅうする》
《これ、愛し子。そろそろ姿を我に見せてはくれぬか?》
ふわぁあ、と光のウェーブに包まれた途端に私を覆っていてくれた壁がきゅーっと収縮を始め私を追い出そうというのか苦しい方に押し出してくる。光に包まれてはいても圧迫感に恐怖が込み上げてくる。
《クゥーン クゥーン クゥーン こわい こーわーいー 》
《ほれほれ泣くでない。大丈夫だ。我がおるゆえ心配するな、待っ者が居るぞ》
んん?誰かが待ってるの?ううぅ、苦しいぃ
《苦しいだろう。そなたは新たな世界に出て良いのだぞ》
《新しい?世界?》
“かわいい子、早く会いたいわ。のんびり屋さんなのね”
《聞こえたか? そなたを愛する者の声だぞ》
とっても優しい女の人の声だった。
《そうだ、そうだ、頑張れ。柚月ではなく新たなそなたになるのだ》
“良いではないか、きみもこの子も元気でいてくれたらな”
優しく穏やかな声で語りかける男の人の声。
《クゥーン、どうしよう》
《怖いことなどないぞ、犬にも会えるぞ》
犬ってなあに……いぬ……いぬ……犬、犬、犬 !!!どこかで聞いたような。よくわからないけど、とてもとても惹かれる言葉。
《柴にあいたい……柴、柴、柴!!!》
何故なのかわからない。ただ、脳裏に柴と呼ぶと振り返る犬の姿が映る。とてもとても惹かれる。愛おしい。あの後ろ足がたまらない。プリプリと動くお尻がたまらない。
《おまえ……魂の底からの柴犬好き……いや、変態だったんだな》
慈愛に満ちた顔に呆れに近い表情が一瞬浮かぶ
《クゥーン、へ?》
《ウォッホン! そなたは大層な犬好きなのだな》
なんだか、この変なしゃべり方といい二重人格に覚えがあるような……。
《あれが、やっぱり、犬、柴犬…… 会いたい…》
《そうであろう? ならば、そろそろ産まれなければならないな》
そうなんだ……。だったら、こわいけど出てみようかな。さっきの男女の声も思いだし、会えるかな?と考える。
《あの人たちは私に会えたら嬉しいかな? 喜んでくれる?》
《あれはそなたの父母であるぞ。待ち望んでいるであろう、心配ないと言うてるであろう?》
意外と小心者なのか?とケラケラ笑う。少しバカにされた気もしないではないが、まあいい。今は大して気にならない。
《クゥーン、クゥーン………… ふゎん! やっぱりあいたい。行ってみる。 》
《ああ、そうしなさい。 そなたをいつも想っておるぞ、愛し子よ》
《また、会える?》
ぱあー、と視界が明るくなり光に包まれ奥の方へ引き出されていく
《そなたが望めば必ず……》
…………… ふえーん、ふぇーん、ふぇーん、クゥーン、クゥーン、クゥーン、クフッ …………
誕生した姿は、遅産のため大きいだろうと思っていたが予想外に小さかった。それでも、元気な女の子で産声は多少独特だったため一同吹き出しはしたものの、無事の知らせに安堵し、一晩中呑めや歌えやの大宴会となったのでした。