正体不明の神擬き
「・・・」
白。一面見渡す限りの白。扉もなければ、窓も無い。その上、天井があるのかわからいほど白く、壁があるのかもわからない。影もない白い世界に水城 正一はいた。どのくらい前から、自分がここにいたのかはわからないが、気付けばここにいた。状況がわからないが、自分が起きているということが認識できた時、目の前の周りの空間とは違う白に気づく。空気の様に常に動いており、決まった形を保とうとしていない。突然、声が聞こえる。
「次はお前か」
水城 正一は、それがどこから聞こえたのかわからなかった。俺以外に誰かいるのかと思い、辺りを見回す。しかし、誰も見えない。再度、声が聞こえてくる。
「ここだ。お前の目の前。お前が今、空気のようなものと認識している「これ」が私だ」
それで、水城 正一は目の前の空気のようなものを見据える。
「そうだ。物分かりと目が良いな。私は、お前に選択を問うためにここにいる。その為に、この場所に存在する。まず最初に、今のお前の状況を教えてやろう。お前は死んだ。強烈な衝撃を受け、お前は生きることを諦めた」
俺が死んだ!?と、水城 正一は叫ぼうとしたが、声が出ない。
「リアクションは求めていない。求めるのは答えだ。お前は運がいい。お前の魂は尊ぶべきものだ。その、美しい魂を尊重し、お前に選択を問おう。お前は、「このまま死ぬ」か。それとも、「戦いの中で生きる」か。さぁ、好きな方を選べ。選んだ方を叶えてやろう。なに、安心しろ。嘘をつくようには出来てない」
質問の意味がわからなかった。水城 正一はたしかに死んだはず。なのに、このまま死ぬとはどういうことなのか。それに、戦いの中で生きるという選択肢も不明瞭だ。死んだのに生きる。それこそ意味がわからない。死んだ人間が生きられるはずがない。そんな道理、存在していいはずがない。なのに、目の前の空気のようなものは、叶えてやろうと言った。それが、一番意味がわからない。願いを叶えるなど、そんなことは誰にだって出来はしない。例え、それが神様と呼ばれる存在だろうと。ましてや、生から死の不可逆変化という、物理法則を覆すことは出来ない。それを、目の前の存在は・・・
「できると言ったのだ」
「ッ!」
水城 正一の体が、一気に縮こまる。心を読まれているようで、形容し難い悪寒を感じたからだ。
「分かりにくかったか?それでは、もう一度問おう。「このまま死ぬ」か、「甦る」かだ」
甦る。その言葉を聞いて、水城 正一は驚いた。納得のいかないまま終わった、自分の人生がやり直せるのかと。地獄に仏とはまさにこのこと。
水城 正一は、早速、甦るを選択しようとしたが、言葉を出す前に、踏みとどまる。本当に信用できるのかと、ここに来て疑念を抱いたのだ。前述の通り、水城 正一は、願いを叶えるという言葉に不信感を抱いている。この世の誰もが成し得なかった超常現象。それを信用できるのかと。
そもそも、違和感まみれのこの空間で、何を信じろというのか。だが事実、この空間には水城 正一とこの空気のようなものしかいない。ただの人間である水城 正一には何も出来ない。必然、頼れるのは目の前のものしかいない。時間制限はないが、この得体の知れないものが、いつ痺れを切らすか分からない。
やむを得ず、水城 正一は答えを述べる。
「・・・甦る。俺は、甦る方を選ぶ」
懸念材料はまだあった。言い直す前の選択。戦いの中で生きるという選択肢。あれが、どういう意味なのかまるで分からない。そこが不安だったが、死ぬよりはマシだと思った。
「・・・その答え、受理した」
突如、水城 正一の目の前が光る。突然の光に目を瞑る。目を開けたら、そこには一枚のカードと銀の腕輪が浮いていた。ほのかな光を携え、不思議な感覚を水城 正一に与える。二つとも手に取るが、腕輪の方には特に何も無いが、カードには、一つの絵が描かれていた。オーラの様なものを纏った格闘家の絵だった。
「なぁ、これは一体・・・」
水城 正一は、空気のようなものに二つのアイテムについての説明を求めるが、顔を上げた時には、目の前に何も無かった。
突然、白い空間の至るところが、侵食されるように黒くなっていく。天井も、壁も、床も、あらゆるところが、やがて黒くなり、水城 正一のいる場所を除いて、黒く染まりきってしまった。
「なんだこれ!おい!」
たまらず叫ぶが、返ってきた言葉は返事ではなかった。
「死を恐れろ。生きることを勝ち取れ」
その言葉を最後に、白い空間の全ては黒くなった。