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ファーストゲーム セカンドライフ  作者: 竹輪ヒロ
序章〜平凡を奪われた少年〜
1/8

地獄でこそ救われる

 テレビなんかを見てると、たまに聞く言葉がある。


「自分を物語の主人公だと思え」


 無茶を言わないでくれ。そんなことが出来たら誰だって苦労しない。では仮にだ。そこのコンビニでマンガを立ち読みしている、あるいは買い食いをしている連中は主人公と呼べるだろうか。答えは決まっている。Noだ。


 まぁ、日常を描いているなら、あながち主人公と言えなくもない。だが、このテレビで言っている「主人公」の指す意味は恐らく、英雄的な存在ということだろう。人間全員が、英雄なわけがなく、英雄と思い込めるほど神経の太いやつでもない。自分を主人公だと思うということは、ベンチが部活のエースとして出場する様なもんだ。

 英雄を英雄たらしめるのは、その能力。そしてカリスマだ。

 英雄は買い食いなんてしない。コンビニで立ち読みもしない。ベンチのままで試合に出場などする訳がない。つまり、この言葉には無理があるってわけだ。




 だけど、少し考えてしまう。もしも、俺が主人公になれたら。俺がヒーローになれたら。

 誰しも一度は考えるだろう。仮面ライダーになりたい。スーパーヒーローになりたい。俺だってそうだった。

 そして、誰しもいつの間にか忘れ、あるいは気付くんだ。


 ヒーローはテレビの中にしかいない。俺はヒーローにはなれないって。


 でも、だからだろうか。それが理想に過ぎないものとしても、俺はヒーローに憧れている。その動機が、「人生が楽しくなる」という自己満足でしかなくとも。


 そしてすぐに、結局はいつも思う。それは、どこまでいっても理想だって。





「なぁ、水城。進路志望、なんて書いた?」


 学校からの帰り道。俺は隣にいる眼鏡をかけた友人、新倉(ニイクラ) 慎吾(シンゴ)に話しかけられる。


「何にも。やりたい事なんかねぇし、見つけられる気もしねぇ」

「確かに、やりたい事無さそうだしな、お前」

「うるせぇ。そういうお前はどうなんだよ」

「そりゃ当然、小説家さ」


 慎吾は嘲るように首を傾げた。日常生活において必要のない動きだが、こいつはいつもこの調子だ。まるで、漫画やアニメの登場人物かのように語り、そして動く。他人からすればおかしな奴だが、俺からすればこれがこいつの普通。いつのまにか、すっかり慣れてしまった。


「お前なぁ、本気でやるつもりか?また先生が頭悩ましてたぞ」

「本気に決まってんだろ。てめぇに才能があるのにそれを使わないなんざ、宝の持ち腐れだぜ?ま、センセにはちょっと迷惑かけちまうかもしれねぇけど」

「迷惑かけるのが先生だけだといいな」


 正直、おれは慎吾が羨ましい。自分の夢を持っていて、それを叶えられる才能がある。どっちも、俺にはないものだ。


「お前もいっそのこと、セーギの味方とでも書けば?水城(ミズキ) 正一(セーイチ)クン」

「バカ言ってんじゃねぇよ。俺は17歳だぞ?人生まだまだ初心者だが、もう子供じゃねぇ」

「はは、だよな」

「あぁ」

「なんなら、イラストレーターとかはどうだ?俺の専属にな」

「それこそバカ言うな。絵は描けねぇし、お前の専属ってのが気に入らねぇ」

「んだよ、気に入らねぇってのはどういうことだ!」

「お前の下についてるみたいで嫌なんだよ!」


 周りに人がいることも忘れてギャーギャー騒ぎ出す。どこか白い目を向けられてる気もするが、そんなこと気にしていない。お互いの頭にあるのは、目の前のバカをどう言葉でねじ伏せるかだ。

 だが、双方共に頭に血が上り、まともな語彙力を保てていない。まるで小学生のケンカだ。表現するのも憚られるほどにみっともない。


「クッソてめぇ!いつにもましてムカつくこと言いやがって・・・ん?なんだ、もうこんな所まで来たのか」


 ケンカすることに夢中で俺と慎吾は帰路の分かれ道である、信号に着いたことに気づかなかった。慎吾はこの信号の先を通り、俺は通らずに右に曲がる。


「なんかさ。俺たちってほんと馬鹿だよな。こんなことで騒げるんだもんな」

「まぁ、否定しねぇよ。じゃ、また明日な」

「おう」


 別れの挨拶を交わし、俺たちは分かれる。俺は慎吾の後ろに下がり、すぐに帰ろうとした。でも、少し足を止めた。


「確かに、やりたい事無さそうだしな、お前」


 慎吾の言葉が頭にちらつく。慎吾はいつもの調子で言ったに違いない。人をおちょくるような、こいつの個性。

 だがそれは。その言葉は、俺の心に影を落とした。何も無い。俺には、夢も憧れもない。俺は・・・


「俺は、何がしたいんだろうな・・・」


 俺は独り言をこぼしていた。慎吾に聞かれたのではと思ったが、当の本人は既にイヤホンを付けている。

 ホッと胸を下ろす。慎吾に聞かれていたら、間違いなくからかわれていた。独り言なんて柄でも無い。普段しない会話をしたせいか、今の俺はなんだかおかしいようだ。


「(さっさと帰るか)」


 俺も帰ろうと歩き出す。こんな日はさっさと帰って、ゲームをする。気分転換にはそうと決まっている。


 ふと、前から走ってくる車が目に入る。まだこっちとの距離は遠いが、信号が見えていないのだろうか。随分(ずいぶん)と早い。歩道を渡っているのは慎吾一人だし、今は車の通りも少ない。信号を無視出来なくもないが、ちょっと危ない。まぁ、人間そんなものだろう。誰しも何かしらの規則は破っているものだ。俺だって、バレなきゃいいと思って信号無視をしたことくらいある。


 やがて、信号と車の距離は近づいてくる。よくある事だと思い、そのまま無視をしようかと思った。


 だが、少し妙だ。止まる気配がない。車はスピードを落とそうとしない。近づいてなお、加速しているようにすら見える。その車の進行方向には・・・


「ッ!慎吾!」


 まさか、慎吾を轢くつもりか!?あのスピードで突っ込めば、誰だろうと無事じゃ済まない、下手したら慎吾が死ぬ!


「慎吾!逃げろ!」


 俺は必死に叫ぶ。だが、慎吾にはちっとも聞こえていない。音楽に集中するために大音量でイヤホンを使っているんだろう。俺の声はおろか、すぐそこまで聞こえている車の音さえ大音量の音楽にかき消されている。

 つまり、安全な場所からあいつを助けるのは不可能ってことだ。


 そう、安全な場所からは。


 周りの誰もが、慎吾の危機には気付いていない。あいつを助けられるのは俺だけだ。あいつを助けるには、俺が代わりになるしかない。



「~~~~~~ッ冗談だろ!!!」


 俺は叫ぶことで勢いをつけ、駆け出した。正直、俺は自分の命か、慎吾の命か秤に掛けた。迷ったんだ。だってそんなことすれば俺が無事じゃすまない。俺が死ぬかもしれない。自分でもどうかしてる。相手は助かったが自分は死んでしまった。それじゃあ、なんにもならない。まるで無意味だ。自分も相手も助かってそれは、初めて称えられる事になるんだ。勇気と無謀は違う。俺は愚か者だ。

 でも、結局は走った。慎吾の命を取った。単純に友達を助けたかった。それに何より・・・



 助けられる命を助けねぇのはヒーローのすることじゃねぇ!



「ウオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「うえっ!?」

 死に物狂いで走り、俺は慎吾を押し飛ばす。あともう少し迷ってたら間に合わなかった。ホッと安堵したのも束の間、すぐ横から迫る音が俺を絶望させる。


「クッソ・・・!」


 ブレーキでタイヤが擦れる音が喧しく響き、車は俺を吹き飛ばした。視界が乱雑に回転し、意識は明暗を繰り返す。触覚はとうに機能せず、まるで何も認識できない。何も考えられない。何も 何も な に   も









「・・・こふっ」

「っ!水城、起きたか!救急車!こっちだ!」


 慎吾 か お前 なんで赤い   あぁ そっか そうだったな 俺 お前 を助けて


「慎吾・・・無事か・・・」

「お前、人の心配してる場合か!無茶しやがって!」


 無茶か   無茶だな やっぱり俺は バカだったよ


「そっか・・・良かった・・・」

「喋んなって!お前、こんなに血が・・・!」


 そう やおまえ やり いことが なか ったて いったよ な


「慎吾・・・俺、やりたいことあったわ・・・」

「お前、こんな時に何言って・・・」


 それは もうかな たけど


「人を助ける・・・かっこいいヒーローに・・・なりたかったんだ・・・」


でも もう   で  き な    い け       ど













 そして、一人の少年の意識は沈んだ。確かな満足感と後悔を抱えて。瞳を血で濡らしてもなお、最後まで助けることが出来た友の姿を映していた。私はその勇姿を評価する。私はその志を尊敬する。そして私は、君の最後を悔やむ。だからこそ、私は君を救おう。私は君に手を差し伸べよう。君の生涯に意味を与えるために。君にはその権利があり、それを果たすべき義務がある。君の理想(憧れ)を現実に変えよう。


                地獄でこそ君は救われる

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