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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夕焼け

作者: 霧龍

「ずっと前から好きでした!」

今日、私は入学してからずっと好きだった人に告白した。返事は予想通りダメだったけど、ある程度断られるのは想定済みだったから、ダメージは思っていたよりも軽かった。

「そうですよね!時間取らせてごめん!」

それだけ言って、私はその場から立ち去った。相手が何か言いたそうにしていたけれども、それを聞けるほど余裕がなかったので、逃げるようにして走り去った。

涙は不思議と出てこなかった。

「いやー。ダメだったかー!」

周りに人がいないのをいいことに、誰に言うという訳でもなく叫んでみる。

私の叫びは青く澄み切った空に吸い込まれていった。

「……今日の空、綺麗だなぁ」

最近ずっと曇りがちだった空は、私のこの憂鬱な気持ちを吹き飛ばそうとしてくれているかのように、どこまでも青く、蒼く澄み渡っていた。その空を、一機の飛行機が綺麗な雲の尾を引きながら通っていった。

蒼かった空はやがて夕焼けに変わり、そして藍色に染まっていく。

しばらくその場に立ち尽くし、空に魅入っていた私の耳に、誰かが叫ぶ声が聞こえた。あまりにも必死な声だったので、私は一気に現実に引き戻されると同時に、反射的に後ろを向いた。


その瞬間、私の五感に飛び込んできたのは



車が急ブレーキを踏む音

眩しいライトの光

ーーーそして、赤い紅い鮮血。


「……………ぇ?」

痛みを感じる暇もなく私の身体は硬いコンクリートへと打ちつけられる。

不自然な方向に曲がった四肢とそこから絶えず流れ続ける血、そして血の跡を道路につけながら走り去っていく車を見たときに、やっと私は自分のおかれている状況を理解し始めた。


「な…んで……?」

なんであの車は私を轢いたの?

なんで私に謝りに来ないの?

なんで逃げるの?

なんで私の命を捨てるの?

なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの?

なんで私はここで死ななきゃいけないの?

私は血溜まりの中で逃げるように走り去っていく血だらけの車を追いかけようとしてもがいた。その度に全身に鋭い痛みがはしる。しかし身体が言うことを聞かない。車はどんどん遠くなっていき、自分の意識も遠ざかっていく。


「………ゆるさない」


その言葉が、私の最期の言葉になった。




男は焦っていた。

男はさっき一人の少女を車で轢いた。車には真っ赤な血がべっとりとついている。

男は出世を控えていた。妻と今度生まれる子のためにも、ここで過ちを犯すわけにはいかなかった。

男は必死で考えた。

はねられた少女の命と、自分の出世を天秤にかけた。


そして天秤は傾いた。最悪の展開に。


男は逃げた。必死で逃げた。サイドミラーに血溜まりでうごめく‘少女だった何か’が映っていた。少女は怨みのこもった目で男を見ていた。

少女の口が少しだけ動いた気がした。

男は逃げて逃げて、そして気がつくと、自分の妻が入院している病院の前に着いていた。

車に着いた血は途中にあった無人の洗車場で洗い流した。

その横を一台の救急車がサイレンを鳴らしながら通り過ぎていった。

男は病院の中に入っていった。自分の妻に助けを求めようとした。

男は震える足で受付へ行って面会の手続きをすると、病室へと向かった。

「やぁ。元気にしてるかい?」

男が声をかけると、妻は嬉しそうな顔をして振り向いた。

「えぇ。元気よ。あなたが平日に会いに来てくれるなんて珍しいわね。何かあったの?」

なんの曇りもない目で見られて、男は罪悪感に駆られながらしどろもどろに答えた。

「い、いや。ただ少し君の様子が気になってね。予定日まであと少しだろう?体調は良いかい?」

「大丈夫よ。あら、この子もあなたが来て喜んでいるみたい。お腹を蹴ってるわ。」

妻は愛おしそうに自分のお腹を撫でた。

男は居心地が悪くなり、まだ仕事があると言って早々に病室を出た。


その晩、一人で家にいる男に、病院から緊急連絡が入った。出産が始まるというものだった。


出産は長時間に及んだ。

早産だったが、出産は無事成功した。

やっと生まれた我が子を抱いたときの妻の嬉しそうな顔を見た時、男は再び罪悪感に駆られたが、嬉しさがそれに勝った。


3年の月日がたった。

あの日生まれた子供も大きくなり、一人で歩けるようになった。最近は色々なことに興味を持つ様になり、危なっかしい所もあるが、そこもまた可愛かった。

その日も、男は子供を連れて公園に遊びにきていた。その日はやけに夕焼けが綺麗だった。

そろそろ帰ろうと子供に声をかけようとした男の耳を、車のブレーキ音がつんざいた。

嫌な予感がした。


予感は当たった。子供が血溜まりの中で死んでいた。顔は血だらけで見えにくかったが、その手にあったおもちゃは、紛れもなく男の子供のものだった。

子供を轢いた車はすでに逃げ去っていた。

「なんで………」

男は泣いた。血だらけになった我が子を抱いて泣いた。

その耳に、誰かの声がした。

「悲しいの?」

男は絶叫した。

「悲しいに決まっているだろう!我が子をひかれた挙句、犯人は逃げたんだぞ⁈」

今度は笑い声がした。

「何がおかしい!!!!」

「だって、あなたに怒る権利なんてないんじゃない?あなただって同じことをやったじゃない。あの日、私を轢いたあと、見捨てたじゃない!」

「………!」

気がつくと、男の前には血だらけの少女が立っていた。四肢がありえない方向に曲がっていて、服だってボロボロだった。

男はその場にへたり込んだ。

「き、君は………!!」

「あの後私はずっと復讐の機会を待ってたのよ。どうあなたに復讐しようか、ずっとずっと考えてたの。成仏したとでも思ったの?」

少女は男に一歩近付いた。

男は恐怖にかられ、後ずさりながら、叫んだ。

「す、すまなかった!許してくれ!この子の将来を奪った。それでもう十分だろう⁈

頼む!命だけは助けてくれ!

そ、そうだ!妻の命を代わりにあげるよ!それで良いだろう⁈」

少女の足が止まった。男は助かったかと思い、我が子をその場に放って少女から逃げようとした。

しかし、その場から動けなかった。

「な、なんでだよ‼︎命が欲しいなら妻ので良いだろ⁈それに、子供だって犠牲になったんだ!

これで平等だろう⁈」

少女は男を軽蔑の目で見ると、

「………最低ね。」

と言って、男に向かって手をかざした。

気づくと男は道路の真ん中にいた。そして右には近付いてくる車。

「や、やめっ……………!!!!」




その日、とある場所のとある道路では、二件の事件が起きた。そのうち1つは男児の轢き逃げだが、もう1つはとても不思議なものだった。

遺体の状態からして何かに轢かれたのは確かなのだが、何に轢かれたのかが分からないのだ。男が倒れていたのは公園の真ん中だった。近くに車などが通れるスペースは無かったのだ。

近くには、血だらけの学生服のリボンが落ちていた。

どうだったでしょうか?

命を粗末にされた少女の怨念が起こした2つの事件。

彼女はそれで満足できたのでしょうか?

それは私にも分かりません。

満足したのかもしれないし、満足せずまだ犠牲者を増やしたのかもしれない………。

なんにしても、過ちを犯してしまったら素直に謝りましょうね。

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