第七話:神言と、その詠み手
――『神言』とは何なのか。
そんな私の問いに、陛下と神官らしき人が顔を見合わせる。
「時折、聞かれることはありますが、一言で説明するのは難しいですね」
「そうだな」
あれかな、魔法みたいによく分からないものだったりするのかな? って、思っていれば、神官らしき人が説明してくれるらしい。
「そもそも『神言』とは、我々には『神の言葉』だと思っております。干ばつ被害地域には雨を降らせるなどの自然災害を解決したり、根も育たぬ大地では植物を育成可能にしたりするなど、魔法ですら不可能な事象を解決してくれる――まるで、奇跡のような能力のことです」
「奇跡……」
「ええ、貴女のように異世界から来られたお客様が扱えたことから、きっとお客様たちは我々が信仰する神々と出会い、その加護などを受け、この世界に来たのだと、次第に認識されるようになりました」
え、何それ。そもそも私、この世界の神様とか会ってないんだけど、これは言うべきなのかな?
「そして、いつからかは分かりませんが、詠み手たちが様々なもの――ノートや手帳などにこの世界での生活などが手記として、書き記されたものが残るようになり、それは『神言の書』として伝わるようになりました」
「……」
んー、書いた本人たちからしてみれば、ただの日記やメモだったものが、時代が進むにつれて、伝言ゲームみたいに途中で変化した、ってことか。
「結論を先に申し上げるのであれば、時間を掛け、この書を読み解いて、試した結果は、我々にも『神言』を使うことは可能でした」
「でもそれは――使うこと『自体』は、だったのだ」
自体は……?
「貴女のように、異世界からのお客様が使われた時よりも、我々が使った時は圧倒的に威力も範囲も、弱く、狭かったのです」
「……」
「所持されている魔力量の違いかとも思いましたが、どれだけ魔力量が少なくても発動できる者が居たこともあり、その考えは変えざるを得ませんでした」
私たちの世界――故郷であるあの世界は、魔法なんてものは物語の中だけのものだったり、空想上のものでしかなかったから、魔力が無くても使えるというのは、その点が関わっているのかもしれない。
「そして、『神言の書』を読むことが出来る者たちは次第に『神言の詠み手』と呼ばれるようになったわけだが、さすがに全員を全員、把握できる訳じゃないからな。その本を読めて、ある程度の能力を発揮できれば、ようやく『神言の詠み手』として国が認定する制度を作らせた」
「つまり、国公認の詠み手というわけですか」
「そういうことだ」
国公認、ね。
「異世界からのお客様も、国公認の詠み手の枠組みに入れられることとなります。何分、威力が威力ですからね」
つまり、私が『神言の詠み手』でなかったのだとしても、問答無用でこの枠組みに入れられていた可能性はあったわけか。
「それで、クズハ殿。貴女はその本で何を見たのか教えてもらえないだろうか?」
「……というと?」
「どうやら、神言の書の効果で見た景色によって、どのような『神言』が使えるのかを分類することは出来るみたいでして」
「つまり、私が使える『神言』がどういうものなのかを知りたいと」
「そういうことです」
これ、答え方と結果次第では、あちこち向かわされるパターンだよね。
「……自然がたくさんありました。川の音とか、小鳥の鳴き声とか」
陛下と神官らしき人が顔を見合わせる。
「それは……」
「はっきり言ってやればいいでしょう。この者の能力を」
「ウィル……」
神言関係の話になってから、ずっと口を挟まずにいたウィルフォード殿下が進言するも、陛下たちは迷っているのか、中々言おうとしてくれないので、こっちも不安になってくる。
「あの、何か言ってもらえるとありがたいのですが……」
「すまない……いや別に、双方が困るような能力ではないのだ。ただ、こんなことがあるのかと思ってな」
そんな言い方をされると、余計に不安なんですが。
「まさか、ここまで自然系への影響が大きいとは思わなかったんですよ。景色だけならともかく、音まで聞こえたということは、かなり高い適性があるということですから」
「つまり、先ほど例に出されていたように、雨を降らせたり出来るかもしれない、と」
……これ、範囲を限定しないと、正直、キツいのかもしれない。
「どこまで可能なのかは、我々には分かりませんが、貴女の努力次第では可能かと思われます」
「私の努力次第……」
私がやるべきことに、この世界の知識やマナーなどの勉強だけではなく、神言の使い方も加わるってことか。
「なに、心配することはない。ウィルも手伝ってくれるしな」
「父上……?」
陛下の言葉に、ウィルフォード殿下がぴくりと反応するが、どうやら陛下は気にしていないらしい。
「たとえ婚約者候補として認めていなくとも、彼女はこの世界のことを何も知らない上に、貴重な神言の詠み手だ。どちらにしろ、誰かが手を貸さなければならないからな」
「でしたら、同性の方がいいのでは? 私である必要はないでしょう」
「同性の者なら、元から手配する手筈になっているし、何より異性の知り合いも居た方がいいだろう。そして、お前とは顔見知りになったのだから、これ以上にない相手だろう?」
どうやら、陛下はこじつけでもいいから、接点を作らせたいらしい。
「クズハ殿も。他国には他の神言の詠み手が居るみたいだからな。いつか会えるといいな」
「え……」
陛下は時間を知らせに来たらしい側近の人とともに、こちらに軽く挨拶をした後、謁見の間を出ていく。
でも、私にはそんなことよりも、聞き逃せない言葉があった。
「……他国って」
会いたいような、会いたくないような、ただそんな気持ちがぐるぐると渦巻いてるようで、落ち着かない。
「大丈夫ですか? 何やら顔色が優れませんが」
神官らしき人に心配されてしまった。
「大丈夫です。それより、詠み手の人って、他の詠み手の人について、何か感じ取れたとか聞いたことはありませんか?」
「いえ、そんな話は聞いたことはありませんが……」
「そうですか……」
それじゃ、これは神言とは関係ない?
それとも、私側か神言側が勝手に――それも無意識に――セーブを掛けてるのか。
「……」
「おい、もうそれ以上、気にするのは止めておけ。顔色が冗談抜きで悪いぞ」
嫌われているはずのウィルフォード殿下にまで心配されるとは、よっぽど悪いんだろうな。
「……それでは殿下、お先に失礼させていただきます」
そう挨拶して、倒れる前にと歩き出せば、数歩進んだ先で腕を掴まれた。
「そんなふらふらとした状態で、一人で帰せるか」
「ほら、さっさと行くぞ」とばかりに、腕を引っ張られるような形ではあるが、力は強すぎず弱すぎずと、加減してくれているらしい。
「……すみません、ありがとうございます」
「礼を言ってる暇があるなら歩け。途中で倒れられても困るからな」
こちらを見向きもしないが、倒れられても困るのも事実なのだろう。
とりあえず、特に急かすことなく、文句も言わずに部屋へ向かってくれているこの人に、今は感謝しておこう。
たとえ、彼がどれだけ私のことを嫌っていたのだとしても。