第六話:謁見
結局、あのまま泣き続け、そのまま眠ってしまったらしい。
ただ、目元が少しばかり赤くなっているのを鏡で確認はしたものの、それを部屋に入ってきて認識した侍女さんたちが化粧ですぐさま誤魔化しに来てくれたのだから、何と言えばいいのやら。
「この後のご予定は、マナーや一般常識等のお勉強のお時間となっております」
「はい、大丈夫です」
そもそも、それを学ばないと、用済みとして放り出されたとしても生活できそうにないし。
「しかし、本日はその予定ではあったのですが、少々変更させていただきます」
「理由は聞いても?」
「陛下に謁見していただきます」
ん?
「国王陛下に会うんですか? 私が?」
「はい」
「マナーとか作法とか何一つ分からないのに、今日会うんですか?」
「はい。初日からの予定変更、申し訳ありません。ですが、陛下も何分お忙しい身ではあるので、ご了承ください」
うん、そうだよね。だって、国王陛下だし。
――って、そういう問題じゃない! というか、それ以前の問題じゃん! 私、どうすればいいの! というか、謁見なんだから、当然正装じゃないといけないし、ということはドレスですよね。
――つか、マジでどうすりゃいいのさ。
ハルヴィードさんやルティちゃんたちに聞くか?
いや、そもそも、そんな時間すらあるのかどうか……
「……服、どうしましょうか?」
「クズハ様のご洋服やドレスなどはまだ採寸が出来ておりませんので、ご用意が出来ておりません。なので、本日はクズハ様が正装だと思われる格好でよろしいかと」
素直に聞いてみれば、そう返される。
正装も何も、制服のまま転移してきたからね。
とりあえず、一緒に持ってきてしまった鞄の中にあった、持ち帰り予定だったジャージに着替えては居たから、制服自体は皺にはなってないとは思いたいのだが。
「制服かぁ……」
今更だけど、セーラー服とか目立つよな。絶対。
「分かりました。他に気を付けておいた方がいい事とかありますか?」
「そうですね……陛下に声を掛けられるまでは、頭を下げていた方がよろしいかと」
うーん、これは一部ぐらいラノベとかでもやっていた謁見方法を参考にするべきなのかな?
でもなぁ、失敗したり間違ったりして、恥は掻きたくないし。
そんなことを悶々と考えながら、朝食を食べ、制服に着替える。
うーむ……緊張するなぁ。
「あと、クズハ様とともにウィルフォード殿下も同時に謁見なさることになっておりますので」
「それを先に言ってください!」
どうしよう。
恋人予定(仮)の人と陛下に謁見とか、別の意味でストレスになりそうだ。
「……吐かないといいなぁ」
もう、それを祈るのみである。
☆★☆
さて、時間は過ぎて、ウィルフォード殿下とともに、謁見の間に向かっている最中である。
「……」
「……」
正直、ずっと無言なので、物凄く気まずい。
でもまさか、殿下直々に迎えに来るとは思わなくて、これには侍女さんたちも驚いていたから、きっと知らされていなかったのだろう。
ただ、それよりもこちらに一瞥したかと思えば、すぐさま目を逸らされた。別に一言欲しかった訳ではないけど、その態度もどうなのかと思う訳で。
「……」
「……」
殿下が立ち止まったので、私も立ち止まる。
普通の部屋の扉とは違うみたいなので、きっとここが謁見の間なのだろう。
そして、私たちが来たことが伝わったのか、その扉が開かれる。
「……」
「……」
リアル赤絨毯です。しかも、デカい。
とりあえず、侍女さんに言われた通りに、許可が出るまで頭を下げておく。
「面を上げよ」
ただ、どれだけの時間そうしていたのか。
許可が出たので、そっと顔を上げれば、優しそうな壮年の男性がそこにはいた。
もしかしなくても、この人が国王陛下か。
「……」
発言が許可されてないので、とりあえず黙っておく。
ただ、やはり親子故か、ウィルフォード殿下とも似てる部分はいくつかある。
「ははは、あまりそんなに見つめられると照れてしまうのだがな。異界の姫君」
どうしよう。物凄く突っ込みたいけど、許可が出てないのに、発言するわけにはいかない。
「何やら、言いたそうにしておるな。許可するから、言ってみよ」
「……それでは、言わせていただきますと、姫君は止めていただければありがたいです」
「だが、そなたは息子の婚約者候補なのだろう?」
もうやだ、何で陛下にまで話が伝わってるの。
「違います。そもそも、殿下とは先程お会いしたばかりですし……」
「そうなのか?」
はっきりと初対面と言えるのは、先程ではないのだろうか。
本来であれば、召喚されたあの時が初対面になるはずだったんだろうけど、それが叶わなかったから。
「……ええ」
召喚された時に、あの場所に居たのは私も確認済みだから、多分、見間違いでさえなければ、十中八九本人だと言えるだろう。
「そうだったか……」
「――父上」
この場に声が響く。
「どうした?」
「私はまだ、この者を候補者としてですら認めておりません」
「だが、もうすでに名前は上がってきておるぞ?」
レイズンさん、仕事が早すぎやしないか? いや、職業柄その方がいいんだろうけど。
陛下の言葉を受けて、殿下に睨まれるが、首を横に振っておく。だって知らないのは事実だし、私のせいにされても困る訳で。
「ウィル。そう彼女を睨むでない。いや、息子が済まなかったな」
「いえ……」
陛下のせいでも、殿下のせいでもないのだが、何だかハードルが上がったような気がするのは気のせいか。
「とにもかくにも、私は認めておりませんので」
「……」
頑なに意見を変えようとしないウィルフォード殿下に、陛下は溜め息混じりに頭を振り、私はどうすべきなのか分からず、困惑するしかない。
「あの陛下……」
横の方で呼ばれるのをずっと待っていたらしい神官らしき人が、恐る恐るといった様子で声を掛けてくる。
「ああ、そうだ。忘れていた。えっと……」
「葛葉です。風霧葛葉。葛葉が名前です」
「すまんな、クズハ殿。そなたに少しばかり見てもらいたいものがあってな」
まだ名乗っていなかったなと思いつつ名乗れば、陛下に申し訳なさそうにされる。
でも、見せたいものってなんなんだろうか。
「見せてやってくれ」
「はい」
ようやく仕事が出来るとばかりに、神官らしき人が私の前に小さな手帳かノートみたいなものを差し出す。
「これは何ですか?」
「それの説明の前に、中を見てほしい。そして、読めるか読めないかを教えてくれればいい」
どうぞ、と差し出されては見ないわけにはいかないので、恐る恐る手にとって、中を見てみれば。
――ああ、これは。
目の前に、たくさんの自然が一気に出現する。
川のせせらぎや鳥の鳴き声まで、本物かのように聞こえる――ってか、本物か。
『良かった。これは、貴女とは相性が良かったみたいね』
どこからか、女性の声がした。
『ふふ、また会いましょう。何故だか貴女とはまた会える気がするわ』
女性の声はそれっきりだったけど。
「……い、おい!」
思いっきり揺すられ、揺すってきていた人――ウィルフォード殿下に目を向ければ、不審そうな顔をされる。
「ああ、えっと……すみません。少し意識飛んでました」
陛下に向かってそう言えば、「いや」と返される。
「それで、どうだったのだ。読めたのか?」
「ええ、まあ。でも、読めたというより、読めると言った方が正しいかと」
「ん? それはどういうことだ?」
「どうもこうも、日本語……母国語なので読めるだけです」
そう、そこに書かれていたのは、間違いなく日本語だった。
何で、日本語だったのかは分からないけど、きっと私よりも前に召喚された人が残したものなのだろう。
「母国語!? つまり、貴女は神の国からやって来たということですか!?」
何やら興奮しながら神官らしき人に言われるが、そんなわけがない。
「いえ、私が居たのは、文化などが違うだけで、皆さんと何一つ変わらないような世界ですよ。私の生活は貴方がたが言う平民や庶民と同じレベルのものでしたし」
寧ろ、それ以外の表現のしようがない。
「そうか……」
「それで、これが何なのか、そろそろ教えていただけますか?」
そんな私の問いに、陛下は深く息を吐く。
え、もしかして、何かヤバい代物とかなの? さっきも軽くトリップしたけどさ。
「それはな、『神言の書』と呼ばれ、それを読むことが出来る者たちを、『神言の詠み手』というんだが……内容が読めたということは、君は『神言の書』によって、『神言の詠み手』と認められたらしいな」
「……」
えっと、陛下。とりあえず、その『神言』とやらの説明からお願いしてもよろしいでしょうか。