第五話:悩んで、泣いて、一日目の夜
今まで生きてきた中で、失恋して異世界召喚して、その説明を受けて……こんなに今日ほど慌ただしい一日は無かったのではないのだろうか。
「……やっばり、異世界なんだなぁ」
ベッドに寝転がってはいるが、目に入る範囲の物だけでも、元の世界の物とは違うのが、よく分かる。
「さっきのもなぁ……」
一人で大丈夫だというのに、まさか侍女さんたちーーいや、メイドさんたちか?ーーに身体を洗われるとは思わなかった。
『貴女は未来の王子妃となられるお方なのですから、今からでも慣れておいてください』と、もう決定事項かのように言われてしまった。反論しようにも、皆さんの手際が良すぎて、あれよあれよと進められていく。自分の身体なのにおかしな感じだった。
「……どうしよっかなぁ」
失恋を癒し、恋人になれと言われたわけだが、初対面であんな態度を取った相手と仲良くできるか、疑問ではある。
「そもそも、こっちの気持ちの問題だってあるし、相手の王女様だって……」
本当に、王女様は王子のことは眼中に無かったのだろうか。
そして、その王女様が夢中になっているという、私と同じように召喚された人。
王女様がアピールするのだから、男の人もしくは男の子の可能性があるけど、男装した人ってパターンも否定はできない。もし男装なら、その人は女の人だから、拒否するのも当たり前だし。
「……っ、」
失恋。失恋かぁ。
私もしちゃってるから、正直、傷の舐め合いみたいにしかならないわけだが、こっちの人たちはそんなこと知らないし。
でも本当に何で、引き受けたんだろう? 同情? 多分、違う。でも、それには近い感情ではあるんだろうけど。
そもそも、王子が本当に失恋したのかどうかも分からない。
王女様の召喚された人に対する行動は、一種のファン的な行動ではないのだろうか? 一時の感情に因るものなら、王子にも勝機はあるとは思うのだが。
それに、相手がもし本当に男装した女の人(もしくは女の子)であるのなら、これもまた王子に勝機はある。
「ってか、何でこんなこと考えてるんだろう……」
一番大切なのは、王子の気持ちだというのに。
でも、現実問題として王子と王女がくっつけば、国際関係や政治面に関しても不安要素は無くなるはずだし、私は晴れてお役ごめんな訳だが、その後はどうなる?
レイズンさんはサポートしてくれるとは言っていたが、それは『王子の傷を癒す』という目的に関してであって、二人がくっついた場合の後までのことではない。
「……結局、同情と、同じ失恋仲間が居たと知って、嬉しかったのか」
多分、そうだ。
どんな世界でも、恋愛問題は一度は起こる。
それが、この国では王子に起こって、そして、これだけ心配されているということは、少なからず王子はみんなから好かれているということで。
一方の私はというと、学校から帰って、失恋のショックで少し泣けるかと思ったのに、異世界召喚だもんなぁ。泣くに泣けないよ。
「でも、やっぱり……私は駄目だなぁ」
我慢しなきゃならないのに、出来ないとか、本当に泣けてくる。
「っ、」
耐えろ、耐えろ、耐えろ。
我慢しなきゃ。
泣いたらもうーー
「仲間がいて喜ぶとか、最低だし、っ、」
どうしよう。本格的に止まらなくなってきた。
何とか声を出さないようにはしてるけど、それでもやっぱり。
「悔しいなぁ」
その気持ちだけは、結局変わらなくて。
けじめは付けたのだから、『彼』とは何事も無かったかのように、また明日会えたら、普通に話をするつもりだったのに。
この気持ちが消えたとしても、私が彼を『好き』だったという過去だけは残しておきたいから。
だから、今だけは。
泣くのを許してもらえると、有り難いかな。