~夢~
―――薄暗い昼間、陰鬱な雰囲気の校舎裏。
なぜそこを歩いていたのかは分からない。恐らく近道をしようとでも思っていたのだろう。とにかく、その道を歩いていると、突然、目の前に謎の幽霊がすっと現れた。
幽霊は明らかに致命傷と思える傷を脇腹におった男の幽霊だ。
彼は酷く無表情だったが、それでも少しばかり優しげな声で、
「……見つけてくれてありがとう」
と告げると、自分の位置から少し離れた場所に存在する曲がり角へと消えていく。
自分は何故か得心のいったというような顔をすると、幽霊のあとについて行く。ついて行った先には少し深目で、かつ五メートル四方程はある大きめの排水口があった。
まるで銀色の牢獄のようなその箇所の傍らに、先程の幽霊はただ何も言わず佇み、その内部を見つめていた。
自分はただじっと佇む幽霊の元へとゆっくり近づき、銀の格子、その内部を覗いて「……そうか」と呟くと納得がいったとでも言うかのように、傍らに佇む幽霊に語りかけるように呟く。
「君は、ここで果てたんだね……」
異様に大きい銀の格子、その仄暗い内部の奥底。そこにひっそりと横たわる真っ黒な亡骸。死因はおそらく、大きくえぐられた脇腹の傷だろう。亡骸にすでに表情はない。だが、傷の位置、体格、そして、傍らに佇む幽霊の視線の方向が、その死体が彼のものなのだということを暗に告げていた。
「待ってて、今なんとかしてあげるね?」
そう言って、幽霊へと微笑みを返したところで、遠方から第三者の近づいてくる気配を感じた。
これだけ静かな場所だ。誰かが近づいてきていればいくら距離があろうとなんとなくわかってしまう。
だが、自分はこれ幸いと、まずは手近な協力者を作ろうと、その者へと声をかける。
「……あなた、こっちに来てくれ、ここに死体があるんだ。早く警察に通報しないと……?」
そこで、ようやく違和感に気づく。
近づいてきたのは50代位の男性だ。
だが、なぜだろう、彼にも表情は無い。
ただ無表情で、何も言わずに、こちらへとゆっくりと歩いて近づいてくる。
自分は彼へと確かに“ここに死体がある”と、そう告げたはずだ。
だが、彼は何の反応も示さない。普通であれば驚き、慌てるぐらいはしてもいいはず……。
不思議に思うのと同時に、その男の姿に異様な雰囲気を感じた自分は、傍らに佇む幽霊に問いを投げかけようとでも思ったのか、先程まで幽霊が佇んでいた場所へと目を向けた。
―――しかし、幽霊は答えない。
いや確かに、先程までもまともに対話ができていたわけではなかったであろう。しかし、視線の方向や、雰囲気などから、なんとなくの意思疎通はとれていると、そんな気がしていたのだ。
だが、これは違う。幽霊の表情は無。否、どこか遠くの一点を見つめながら、怯えすら感じさせるような、そんな表情をしていた。
直後、唐突に消える幽霊。瞬間、自分はぞっとした。
その幽霊は消える直前にボソッと、
―――あいつだ……。
と、言ったのだ。
そして、その意味を理解した途端、自分は凍りついた。
幽霊の告げた「あいつだ」という言葉……。
もしもその前置きとして……。
―――自分を殺したのは「あいつだ……」
こうあったとすれば、どうなのだろうかと。
そう思い当った直後、自分は急いで再び男へと視線を向ける。
するとその瞬間、無表情だったはずの男はこれでもかというほど、まるで何かに引き上げられたかの様に両の口角を上へと上げ、二ヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
それはまるで、ようやく気付いたか? とでも言っているかのようで、
同時に殺人者が自分の元へと歩いてきているという現状を自分に否応なく突きつけて来た。
「あ、ああ、うわぁぁぁァァァァァぁああああああ―――――ッ!!」
声ともならないような、そんな絶叫がほの暗い校舎裏にこだまする。
自分は全力で走り出した。
決死の思いで走り出し、眼前の死から全力で逃走を図った。
―――直後、校舎裏にはグシャッというような音が響き渡り、そして再び静寂が訪れた。