STAND BY ME…
「ねぇ。いつ帰ってくるの。お昼それとも夕方」
お母さん。エルフなのにいくらなんでも時間感覚が人間寄りじゃないかしら。
「まぁまぁ。俺っちとお嬢の娘だし、1年くらいは」
「いちねん!?」
お父さんが具体的に言うとお母さんは倒れそうになった。
過保護が過ぎると思うの。ホントに。
お父さんはわたしの胸くらいから視線をあげてヒゲだらけの顔を綻ばせる。
「で、ティア、旅立つ感想はどうだ」
うーん。よくわかんない。
「よくわかんないけど、ほら、武器も防具も万全だし!」
わたしは斧と一部だけ魔物の鱗で強化した革鎧、あまり可愛くない皮のマント姿でくるりと一周する。
斧? 盾はどうしたのって?
あなたのそれはつるはしでしょと揶揄った幼馴染の『蒼玉石』が前に言った言葉がいちいちわたしの胸をえぐる。
彼女はわたしがぺたんと潰れるほどのドワーフらしい大斧を易々と扱える。
どんなに頑張ってもわたしは力がつかなかった。
この間、村に取引にきた商人のおじさんに腕相撲したらあっさり負けて悔しさに3日間寝込んで泣いた。
人間のおじさん曰くわたしはエルフ基準では怪力らしい。
たまりかねた幼馴染の『蒼玉石』、人間はアメジストと呼ぶことがあるけど彼女が今回の冒険に同行を申し出た時は断ってしまった。
しかし『せめて村を出て街に着くまで』と彼女に押し切られる形で同行の申し出を受けることになった。
彼女はわかいむすめを表す立派なつけ髭に大きな兜。
上から前から襲いくる魔物の猛攻を止めるための鉄より重いドワーフ鋼の鎧。そして大きな大きな、ドワーフの大斧。そして円盾。
伝統的な姿にちょっと今時のふんわりケープがワンポイント。
普段は慎ましいが、今の姿は凛々しく綺麗だ。
あまりみんな気にしないけど、ふわふわの亜麻色の髪と髭を柔らかく三つ編みにしているのもおしゃれで好きだ。
大きな胸に分厚く硬いお腹も大好きだし、筋肉質なお尻もセクシーだ。
十人いたら十人振り向く可愛いドワーフ。
彼女がいたら巻き込まれてわたしまで身の安全を保障できないかもしれない。
お父さんはドワーフだけど、お母さんはエルフ。
その二人から生まれた娘のわたしは子供の頃から村ではぶっちぎりに非力。
子供の頃から友だちの斧を持って潰れる、ズリ山で生き埋めになってもわたしだけ這い出せない、足が千切れても生えてこないのでお母さんが必死で切れ端を探してくっつけてくれたなどなど枚挙に暇がなく。
で、でも弓と魔法とお勉強は得意なんだよ!?
みんなの使う弩は引けないどころか身体が飛ぶし、巻き上げ機を片手で回せないから……もとい背が高い利点を活かして直射より頭の上を狙える弓にしたけど。
無理して大きな斧(※『だからそれはつるはし』と幼馴染はいう)を持って潰れる、鎧を着ようと思って動けず暗闇に取り残されてひとり泣く(※わたしたちは闇の中でも目が見えるけど気分の問題だと思う)と色々あって、わたしが旅装で装備できる最低限の重さとしてお父さんが作ってくれた一式は悲しいほど軽くて動きやすいものだった。
ちなみに大人の美男美女は普通自分でこれらを作るものです。
幼馴染曰く『ドワーフの衣装遊びをするエルフ』。
「わたしもっと大きいのを着れるよお父さん」
「まだ言っとるのか」
「お母さんでもその装備は重たいわよ」
そういえばお母さんの方が力が強い。
あと、たまにお父さんをぶっ叩いている。
お母さんは時々ぺちぺちがんばっているけどお父さんは肩叩き程度にも感じていないし、そもそもお母さんが怒っていると彼は気づいていないフシすらある。
エルフの中ではぶっちぎりで怪力であるわたしたちもここ、ドワーフ村『トロック』では非力なお嬢様とその娘に過ぎない。
わたし、年は18。
人間は大人というけどドワーフ基準では子供。
名前はティア。ユースティティア。
ドワーフ名は『だんぶり石』。
せめて『金剛石』とか可愛くて強そうな名前にして欲しかった。
たまに遊びにきてくれたり手紙をくれる冒険者、村の恩人にして英雄。
お父さんとお母さんを巡って争った(※らしい)勇者であるロー・アースさんたちは結局わたしを冒険に連れて行ってくれなかった。
うらんでやる。
世界は平和になったし、ここで幼馴染たちと暮らしていれば問題ない。
だけどわたしはおじい様の子供。
この村を切り拓いた誇り高き冒険者の孫なのである。
大志を抱き、いつかわたしも大きなヤマを切り拓いて村を築くのである。
わたしは大地の中の石たちとお話できないし彼らが透けて見えないけどなんとかなる!
お母さんはめちゃくちゃ反対したけど、わたしの決意は揺らがない。
お父さん譲りのドワーフ魂である。
ちなみにおじい様に育てられたお母さんもドワーフ魂を持っている。
母子喧嘩は熾烈を極めた。
魔法は反則よお母さん。
なんとか母に掴み合いで勝利したわたしは割と嫌な気持ちになりながらも村を出る権利を掴んだ。
お母さんは月夜の広場でひとり泣いていた。ごめんなさい。
あと、お父さんが泣いているのを初めて見た。
人間の基準ではわたしはとっても美人らしい。
細くもしなやかな筋肉にスラリと細い身体にお母さんほど大きくないが形の良い胸や腰回りもいいらしい。
細いばかりだ。どこがいいのか。『蒼玉石』の方がぶっちぎりでかわいい。
彼女の魅力がわからない人間たちはちょっとおかしい。
人間たちはわたしたちの作る宝石を綺麗綺麗デザインがいいとかいうのに女の子を見る目だけがないざんねんないきものだ。たぶんロンさんが教えてくれた『なまけもの』という生き物程度には。
ここまで読んでくれた人ならわかると思うけど、わたしはドワーフにしては理屈ぽいし長々喋るし、かしこくないのだ。
ちなみにドワーフは、理屈っぽいひと、長々と話すひと、知識をひけらかす人を『ばか』という。
あと、わたしとお母さんと人間たちはうそつき。
ドワーフは嘘をつけないので黙る。かっこいい。
わたしが鎧代わりに手足につけたシャラシャラ鳴るブレスレットとアンクレットはチャクラムにもなる便利なものだ。
森の中では獣避けだけど『街の獣』にも有効である。
「町に着いたら、ファルコさんに掛け合って、チーアさんに直訴して仲間に入れてもらう」
「そ。わたしは関係ないけど。
あなた一人では不安だし、連れて帰るのも億劫だけど仕方ないわよね」
うう。
むかついたわたしが彼女の首に抱きつくと彼女は安易とわたしを引きずって歩いている。
ドワーフは足は遅いが頑強で自分の体重の三倍の荷物を抱えて3日歩いていても気にしない。
「ごめん。疲れた」
「まだ日が頭の上にまできていないわよ」
エルフは疲れないというけど、わたしは違うらしい。
ずるずるすると小半刻彼女に抱きついて引きずられているとうとうとしていたらしく、わたしたちの知らないところまで進んでいたらしい。
「ね、ね、お茶にしよ。お菓子も出そう」
「あなた、わたしにおんぶしたまま街まで送ってもらう気かしら」
岩のように感じてきた斧(※幼馴染:「だからそれはつるはし」)をかかえなおし、肩に食い込む荷物を背負う。
わたしの何倍もの荷物を持っている友達だが、町に着いたらわたしがそれを背負わねばならない。
「エルフってどんなカッコで旅するの」
「彼ら彼女らは疲れないし、寒さ暑さを気にしないし、お腹も空かないみたいだし、ほとんど軽装ね」
ふうん。
まぁリンスさんやミック様をみたらそうかもしれない。
でもなんでも入るバッグは反則じゃないかな。
「ほら、野営の準備よ『お嬢ったん』。ひとりでできるでしょ」
「お嬢ったんいうなぁ。赤ちゃんじゃないんだよ」
わたしがのろのろひいひい言いながら準備する横で彼女は手早くペグを打ちテントを張り火を熾し保存食を調理してブランデーを温めだす。
もう木彫りを愉しむ余裕がある。
多分町に行ったら木彫りを売ってお小遣いにするのだろう。
手早く綺麗なものを作るのはドワーフ美人の条件だ。
わたしはまだひぃひい言いながらペグを打っている。
「ほら、『だんぶり石』貸しなさいよ。手伝ってあげるから」
「やだっ。わたしは冒険者になるんだっ。あんたは見てろっ」
ムキになってペグを打つので指を怪我してしまった。痛い。
なんとかお互いのテントを張り、よもぎのお茶を飲みながら空を見る。季節のものじゃないので苦くてくさい。
干したヤギ肉をよもぎのお茶で茹でて塩を塗す。
ドワーフの伝統料理ではないけどまずくはない。
村にあるミリアさんとこの支店で買ったクッキーを齧り、人心地がつく。
あの村ではお小遣いの使い道があまりない。
だからわたしたちは買い物に困ることはなかった。
ほとんどのものは自分で作るのがドワーフなのだ。
ぶさいくな、それでも頑張ってひとりでつくりきったわたしのテントと違って、彼女のテントは一面華麗な刺繍で星と月と太陽が描かれている。
わたしはぶきっちょなのだ。
そしてぶきっちょはドワーフの美人の定義に沿わない。
森の木陰を抜け、一面に広がる星空の美しさ。
闇を見透すわたしたちの目にはちょっと眩し過ぎる。
でもとっても綺麗。
「村で見る星と同じよ」
「ふーんだ。あなたには冒険の感動ってのがないのよ」
「どうしてこんなにひねくれ者にそだったのかしら」
幼馴染は肩をすくめて戯けるが、わたしは彼女の髭と髪を編んで遊んでいる。
繰り返すがわたしたちは闇の中でも目が見える。
「どうしてわたしはひげがはえないんだろ」
友達のひげを編むのは得意なのにつまんない。
「生えないのはヒゲだけだったかしら」
うっさい。せくはらだぞ。からかうならもう脛毛編んであげない。
渦巻き編みはまだできないでしょう。ふーんだ。
わたしはひねくれ者なので、チーアさんとは気が合う。
いつも虚勢を張って傷ついているところは一緒だ。
でも見た目はかっこいいので彼女は女の子たちから人気がある。
最近の彼女は大人しくなったけど前は男の子の格好ばかりしていた。
そもそもチーアさんの名前をお父さんとお母さんはつけてくれたのだからわたしと気が合って当然なのだ。
わたしの受けた神の加護もみんなの『鍛治神』ではなく彼女に加護を与える『慈愛の女神』だ。ひねくれ者のわたしを選ぶなんてきっとかの女神は悪い冗談が好きに違いない。
もっとも『使徒』は信仰の有無ではなく、風邪と一緒でうつるものらしいけど。
「ね、ね、『蒼玉石』。もう少しお話しよ」
テント越しに話しかけると彼女が眠たそうに返事を返してくる。
お母さん直伝の光霊さんたちが巡回して眠っていてもわたしの目となり耳となるのでわたしたちは夜に見張りをする必要はない。
「ファルコさんのとこのフィリアスちゃん、大きくなったでしょ」
「わたしは会ったことない」
わたしも手紙でしか知らないけど気が合いそうなのだ。
あと、ロー・アースさんの妹のエフィーお姉ちゃんも。
「もしかしら、あの二人と冒険できるかも」
「もう。いい加減寝なさいよ。明日は早いわよ」
「はあい。お母さん」
「お母さんじゃない。本当に大丈夫かしら」
星々の精霊さんたちがお話してくれるので、わたしはあまり眠れない。
闇の奥から獣たちの挨拶がきこえる。
花々がわたしに歓迎の言葉をくれる。
わたしの見えないものがたくさん見える幼馴染も、わたしが見えているこういった景色が見えない。
その香りと加護の中、わたしは、わたしたちは眠る。
わたしたちはこの冒険で冒険者になることはなかったけど、この日のことはよく覚えてます。
「あらあら。もう帰ってきたの」
「まぁ、一週間も行けばいい方じゃな」
結局、わたしたちはエフィーさんたちが旅立つまで冒険の旅に出ることはなかった。
それでもドワーフの子供二人の冒険としては、一生の思い出なのです。




