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宇宙(とき)の果てまでこの愛を(BL注意)  作者: 鴉野 兄貴


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わたしの魔法使いさん

「目をまだ閉じていてください」


 髪を引かれる。

 それはわたしが知っているように痛くなかった。

 砂糖菓子のような甘い香り。心地よい感触。


 柔らかくて綺麗な指が、宝石みたいなつるつるした櫛がわたしの髪に触れている。


 その声はとても優しくて、暖かくて。

 眠ってしまいそう。



「では、魔法をかけてあげます。メイ。

 ……お姫さまになぁーれ」



 目を開けると、お姫様がいた。



 ボサボサはふわふわに。

 どろどろはつやつやに。

 甘い香りはそのままに。


 ただ束ねていたわたしの髪は左右を少し膨らませつつ、複雑に編んだ飾りでお姫様の冠みたいになっていて、後ろ髪はくるりと巻かれて髪留めでまとめてあった。


 ひび割れた頬は薄い赤でつるつる。

 がさがさくちびるは艶やかなルージュでお花みたい。

 いつ折れるかな首筋には硝子の綺麗な首飾り。

 甘くて蕩けそうなやさしい香水。

 硝子と牡蠣の貝殻でできたきらきらした指輪とブレスレット。


 それがわたしだと、その姿見を見ても信じられなかった。


 後ろで楽しそうに笑う女神さまの魔法は、どろんこのわたしをお姫様にしてくれた。



 メイと言う名前には意味はない。


 泥。ただ殴られること。


 多分それがわたしが覚えている最初のことで、殴っている相手はわたしがおかあさんとよんでいたひとだ。


 罵声を聞き、腐臭溢れるごみを食べて育った。

 生きたネズミを齧り返してやったこともある。



 襤褸を纏い、裸足にしもやけ。

 歯は寒さと飢えと恐怖でいつもガチガチ鳴っていたと思う。



 物心ついたときには大人たちに言われるままなにか盗んでくる。


 失敗しても子供なら殺されることはあまりない。

 たまに間抜けは打ちどころが悪くて死ぬみたいだけど。


 とってきてからが大変。

 大抵は大きい子に盗られるのだ。

 そうするとやっぱり殴られる。


 さむい。

 お腹すいた。

 殴らないで。

 ごめんなさい。


 生きていくために覚えたことばは少なくて楽だ。


 あとはミカちゃんから言っちゃダメって言われた悪口だ。

 これは笑っちゃうほど多いの。面白いよ。



 たまに帰ると、お母さんは仕事をしているか、おさけをのんでいる。


 仕事をしているときはおとこのひとも一緒だ。


 いいときはなにかもらえる。

 そうでないときはにげることもできない。

 そしておこったお母さんに殴られる。


 ひどくぶたれる。

 色目を使ったとなじられる。



「メイ? メイ?」


 いつもの服だけど、民族衣装の三角ナプキンを腰に巻いたいつもの服のはずなのに。


「ほら、ちゃんと制服を着ればあなたはお姫様のように愛らしいでしょう。これからはちゃんとこまめに身だしなみを整えなさい」


 鏡越しにわたしを見る同じメイドのミカちゃんはまるで女神様のように綺麗だった。


「きれい」

「です。メイはもともと可愛いのです」


 ぶさいくとか、にくたらしいとかしかきかなかったけど、ミカちゃんは違うみたいだ。



 ボサボサで油とフケがついていた髪は綺麗に洗われて、艶とふっくらした柔らかそうな別の何かみたい。




「綺麗」

 わたしはミカちゃんに言ったつもりだった。

「覚えたら、あなた自身で結えるようになります」

 よくわからない。


 でもすこし、やっと少しわかった。



 わたし、かわいいんだ。

 ミカちゃんが読んでくれたホンに出てくるお姫様みたいに。



「お嬢様みたい」

「ですね。お嬢様は世界一美しい方なので、残念ですがあなたはまだ可愛い子どまりですけど。師匠が言いました。『自らたすくものに道は拓く』です」


 むう。

 わたしいちばんになりたい。


「ミカちゃん。ねね、これなにまほうなの」

「魔法ではありませんが、魔王と呼ばれた方の技術ですよ」


 ミカちゃんはとても優しくて綺麗だ。

 女神様がいるなら彼女みたいなひとだと思う。


 多分なんでもいやなことは壊して作り直してくれるような。

 ミカちゃんがどれだけ綺麗だかはちょっとわたしには言えない。よくわかんないくらいきれい。


 泥水をかけられても彼女には当たったりしないし、冬の風だって逃げていくくらい暖かくて綺麗なんだ。



「まほうじゃない」

「はい。あなたも励めばできるようになります」



 こんなにきれいでかわいくなれるの。

 やっぱりそれはまほうだよ。ミカちゃん。



「それだけではありません」


 鏡越しにミカちゃんは楽しそう。

 わたしまで楽しくなっちゃう。ずるい。



「なんと、この魔法はあなた自身の手で、全ての子にかけることができるようになるのです」


 こんなに、たのしくてうれしくなれるの。

 それはきっとまほうだよ。

 ミカちゃんは魔法使いさんなんだ。


 横で見てもミカちゃんの動きはさっぱりわかんない。

 すごく複雑な髪型もあっという間に作っちゃえるし、元結という紐を取ったらあっという間にほどけちゃう。ほんとうにまほうなの。



 ずるいお嬢様。

 ミカちゃんの魔法を全部かけてもらえるんだから。

 わたしにもちょうだい。ぜんぶちょうだい。


「このアクセサリーはわたしの私物なのですが」


 ミカちゃんは言う。

「これを差し上げますから、次からここぞと思う時につけなさい」

 ここぞってなにそれミカちゃん。



 今度は鏡越しではなく、彼女は直接わたしの前に立って、両のほっぺたに暖かくていい匂いの手を乗せて言ったの。



「好きな人ができたらです。できたら。ですよ」

「うん。じゃミカちゃん」


 ミカちゃんは楽しそうに笑って「ありがとうございます」と言ってくれた。

 とりあえずアクセサリーはしごとでつけていると汚れちゃうからだいじにかくしている。


 今のところ、そしてこれからもこれがとられたりこわされちゃったり売られちゃうことは。

 たぶんもう、ないから。


 ときどきポケットからとりだして、きらきらの奥にミカちゃんが見えることがある。

 だいすき。おかあさんみたい。



 洗濯物を干し終わると、コカトリスの若鶏のパイちゃんがコッコと鳴く。

 踏み台代わりになってくれたので、お礼に貝殻をあげる。


 喜ばれる。

 喜ばれるってうれしい。

 パイちゃんがかわいい。



 鶏小屋はお城にパイちゃんたちが入り浸るので呆れたロンさんが作ってくれたの。


 パイちゃんたちが『オヤスミー』『メイメイー』『ミミスメー』と鳴く頃におしごとはおわる。


 お部屋には暖かくて柔らかい真っ白なシーツがあるけど、パイちゃんとお空の下で星を数えながら寝る。


 とても暖かい。

 気持ちいい。


 いくらでも眠れそう。



 でもシロとコマが鳴いて起こしてくれちゃう。

 もうちょっと寝かせてよ。

 わたしはパイを抱っこして寝る。


 抱っこをパイにすると暖かいし、うれしい。

 ミカちゃんを抱っこしたらとっても嬉しいんだ。


 パイはまだ卵も産めないけど、わたしとミカちゃんがお腹の上で寝てもびくともしない。

 大きくておひさまのにおいがする。


 パイはパイだけど、ビグリム先生からいい呼び名を教えてもらった。


『お友だち』


 パイはわたしのお友だちだ。

 彼女に乗っていたら誰もいじめてこないし、買い物も楽しい。


 でもひとのものをもらおうとすると首すじを引っ張られる。

 ダメなんだって。

 パイはしゃべれないのだけど、お友だちの言うことはわかる。



 ミカちゃんはなんでも話してくれるけど、わかんないことはいっぱいある。

 でもお洗濯はわたしの方が得意だ。

 これは旦那様も認めることなのでいいと思う。


 お料理だってできる。

 これはミリオンが教えてくれた。

 お菓子の作り方は練習中。

 でも蕎麦粉でガレットは焼けるようになったよ。



 お嬢様が手袋をくれた。

 ふわふわで、暖かくて、ずっと撫でていられる。

 よくお洗濯して、乾かしてからたっぷりお薬を塗った手につけると燃えるようにあったかい。


 火箸と違って、きもちいいの。

 嬉しい。

 寝ているのに、さむくない。痛くない。


 お嬢様大好き。

 ものすごく怖くて変なひとだけど。



 この城のひとは叩かないし、なんかびっくりするほどお人好しでまぬけなんだろうけど、ずっとそんなひとでいてほしい。


 クムさんの子供たちと遊んでいるの。

 なんか変なの。


 もっと他の子とこんなふうにできたらよかったなって思うの。へんなの。



 赤ちゃんは小さくて可愛いのに、半年したらさらにもう一人生まれるの。


 どうしよう。かわいい。

 この子より小さくて弱くてかわいいなんて信じられない。


「めいだーん」


 たまにめちゃくちゃにされるけど、そんなに痛くないし、わたしも殴ったりしない。

 なんか楽しいしたのしみなんだ。



 縫い物をお嬢様が教えてくれて。

 ミカちゃんとビグリム先生が字を教えてくれて。

 クムとサフランがお花を教えてくれる。キカガクはわかんないけど。


 チェルシーは色々なものを作るのを教えてくれるし、バーナードの昔のお話はいくら聞いても面白い。


 ショウ先生は絵本を描いてくれた。

 ときどきミカちゃんが読んでくれる。

 まだ字は読めないけど、ミカちゃんに読んであげたい。


 いつもサボってばかりのライムはときどきネズミのように逃げてしまうから、ポールとセルクが女の子の服を持って追っかけていくけど、ライムがいうには『わたしはネズミじゃなくてヤマネ』らしい。


 ヤマネってなに?

 お嬢様に聞くと図鑑を見せてくれた。

 色のついた絵がとてもきれいで、だいすきが増えた。



 そういえば最近、ほうせきをぬすんでいないのでお母さんから叱られるはずだけど、お母さん最近どうしてるんだろう。

 フェイロンを抱きしめながら会いにいったらとっても優しくしてくれた。

 ほうせきはないけど、おかしはいっぱい持っていった。


 だれでも食べていいから『せけんひろし』って言うのだってお嬢様がいってたので、配ってみたらすぐになくなったけど、なんかむねのおくがいっはいになってふしぎなの。


 おぼえること。

 うれしいこと。

 奪われないこと。

 優しいこと。


 執事長のジャンがいう、厳しいということと怖いことのちがい。

 ポチとタマ相手に『フー!』と怒ってみせるのとわたしがしっているのはたぶんちがうこと。


 ミカちゃんのこと。

 花が咲くと嬉しいこと。

 いい匂いがするとうきうきすること。

 しわをのばして綺麗になった服を着てわくわくすること。


 明日がまた始まること。


 わたしの魔法がわたし自身で覚えられること。

 わたしの魔法は皆をわたしみたいにうきうきにできること。


 おはようミカちゃん。

 今日もミカちゃんはきれい。


 わたしのお姫様が教えてくれたんだ。

 かんばればわたしはおひめさま。

 さらにがんばればみんなをおひめさま。


 きょうもわたしは、せかいいちのおひめさまになる。

2年ぶりに更新。トロフィーワイフに出てくる泥棒メイド、メイのお話。

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