乳首をつまむ
乳首をつまむと時間が止まる能力を得た。
なんとしろと。
時間停止もののえっちなビデオは実に三割がニセモノらしいことは私のような平凡な男にかような能力が与えられたことから理解できる。きっと世間の能力者はもっと汎用性に富んだ能力を持っているのだろう。
具体的には両の乳首をそれぞれ両手の指先を用いて直接つまむ必要があり、その際背筋を伸ばして前傾姿勢を取らねばならない。さらにビンビンとキテいる間のみ時間が止まる。
例えば新入社員の藤原くんのまるまるとした豊乳を見て股間がギンギンしていても発動しない。あくまで乳首で乳首がビンビンしなければならない。
なにこれまじつかえない。
あのさー。かみさま。こう言うのってさー。藤原くんのフワッフワと思しき二つの果実をガン揉みしてパンパースと色々しないとできないといみないじゃーん。なによこれ普通にリコールだよおかしいよ。いやあんなフワッフワは揉んではいかん。埋まるべきそうすべき。
「課長。雑巾の絞り汁入りのお茶をどうぞ」
「ありがとう。藤原くん。お茶よりこちらの書類をお願いしていいかな」
「嫌に決まっているじゃないですか課長。私はですね猿でも出来るやりがいのない仕事を気遣い上手のフリをして他の社員から奪っていって楽に手早く勤務時間を終わらせて薄給を効率よくいただいて定時で逃げ帰るのが生きがいなのですよ。働き方改革が叫ばれる昨今に寿退職狙いの私にややこしい仕事を覚えさせても無駄な労力ですが、課長ってひょっとしてマゾですかね。ハゲチビでキモいオッサンだと思っていますけどマゾとか本当に救いようがないキモさです。負の性欲です。セクハラで訴えてお金貰わないと」
藤原くんは世の男性全てを魅了しかねない笑顔にてこのようにのたまっている。
「藤原さん。これお願い」
「あさくら先輩は本当に無能です。こんな入力を丸一日かけて毎日やるとはアホですね。こんなものはわたしに任せてお茶でも飲んでとっとと帰宅して子供の面倒でも見ておいていいですよ。タイムカードは私が代わりに押しておきます」
「一応、私の目の前で言わないでほしいが」
「あ、ドMの課長が何かブヒブヒご褒美欲しがっていますが無視して帰ってください」
藤原くんの席では今もPythonで自動化したExcelが目下奮闘しているので彼女が無能であるわけではないのだが常にこのような言動であり。
何故かその藤原君が残業している。
AirPosを耳につけて漫画を読みつつプログラムした仕事を片付けているようだ。
「藤原君。お茶淹れたけど」
「うわ。キモ。四〇過ぎたオッサンの茶って口にするのもはばかれる体液とか入れていませんよね」
そもそも上司相手に『雑巾のしぼり汁入りのお茶を淹れた』とか言い出す子はキミくらいだよ。
天皇陛下への献上実績ある掛川茶を私物で淹れてくれてそれはないと思っているので何も言わないが。
呆れるわたしの眼前でカロリーメイトを齧りつつ緑茶を意外に丁寧な仕草で口に運ぶ藤原君。彼女の母上は裏千家の助教らしいのでこのような仕草は様になっている。
のだが。
「藤原くん」
「はぁ……はぁ……キモい課長のキモ茶をあえて飲んでいる……だめ……」
「ふーじーわーらーくん」
「キモい中年の声が……オーディオブックの落語と共に聞こえる……。幻覚もここまでくるなんてこれがリアル……市販薬でわたしトリップできちゃう……」
最近の子は何を言っているのかほんとうにわかんない。取敢えず股間を掻くのはやめなさい。
「はっ!」
股間を抑えながら藤原くんがぼくを直視する。
頬が真っ赤になっていて客観的にみて可愛い。
「か、課長動けるのですか!」
「……まだぼくは過労死していないからね」
彼女は耳まで赤くなって股間を糺した。
「みみみみ見ないでっ! ははは恥ずかしい」
「あ。ああ……茶を淹れ直してくる」
あれ、水道出しっぱなしじゃないか。
ここで私は気づいた。給湯室の水道を締めても水が落ちていかない。お湯も沸かせない。
指で水を切るとそのまま水が空中で停止している。
しばし待つと水が落ちたので事情を察した私は部屋に戻った。
「藤原く……」
「課長! あなた能力者ですね! わたしを殺しに来た機関の人間ですか! 信じていたのに!」
「期間ってなに? うちは全員正社員が売りだよ」
やっぱり彼女は時間停止能力者だった。
彼女の周囲で電子機器のタイマーがおかしな動作をするのは課では周知であるが、『わたしぃ機械音痴な女の子ですからぁ~』ととぼけているのであさくら君以下皆スルーしている。女性関係ない。ポリコレ棒怖い。
「私の能力発動条件は」
「ちょっとまったぁ! 公共である職場では『小説家になろう』さんに掲載できる範囲のお子様的な話題で留めてくれないかな! 男の場合はギャグで済むが!」
ここで彼女は『豆をつまんでいる間時間停止できる』能力者と判明した。
「時間停止と言いますが、私を中心に直径1メートルを限度に発動します。呼吸ができませんから。そしてその範囲を過ぎると時間がゆっくりと流れるようです」
「そうか。僕はもうちょっと範囲が広い。ほぼこの部屋全体だ」
デスクが二十ほど余裕で並ぶ部屋なので爪先移動しなくてはならないが、私が全ての部下の進行状況を常に確認できること、藤原くんが他の社員に誤解されずに済んでいるのはこの能力によるものだ。
先ほどは気が動転していたが、あの水もゆっくり落ちていたのかもしれない。時間停止というが厳密には時間加速と言って良い。
時間流は重力などの影響を受け、通常空間でも誤差範囲とはいえ多少の差異を発生させる。ぼくの能力は比較的範囲が広く、頭突きをすれば転生トラックから部下になるはずだった女子高生を救ったりも可能だ。
果てしなき鍛錬の果てにぼくは瞬時にて時を止めることが可能になっている。見た目はよろしくないが。
「それでつじつま合わせに電子機器の調整をするべく残業をしていたと。Pythonでやればいいのに」
「……命の恩人が面接官だったので興奮……もとい驚きました」
ああ、そういうこともあったねぇ。あと返答正しく。
「乳首つまんで前傾姿勢ケンケンしながら動けない私に近寄ってきたので恐怖しましたけど。頭突き痛いし」
「……その影響で君に『能力』が移っちゃったのか」
時間停止状態で意識があったあたり時間能力者としての素質があったのだろう。そこに私との接触があって本格的に目覚めたと。
「あれいらい夢に課長が出てきてあんなことやこんなことを私にするように。そしていろいろ捗っていて気づいたら時間を止められるように」
「無実だ! そんなこと私はしないぞ! というか話を聞くに僕は無実だ!」
彼女曰く、日常的に私を罵らないと能力が発動しないらしい。
「日常的に罵っているキモいおじさんが迫ってくる妄想を滾らせていないと能力が使えないのです。本当は課長のこと大好きです結婚してください!」
「だが断る」
私にだって理性があるし繰り言だが能力も理性的な目的のために使っている。能力を使いこなすために乳首はちぎれて再生するまで鍛えぬいたが。
「酷い! 女の子の裸も見ないムッツリで自分の乳首弄って瞬時に能力発動できる変態に言われた!」
「……いや、うん。確かにそうだね」
とりあえずスーツの襟を糺しなさい。嫁入り前の娘がはしたない。
「老化防止能力は持っていないのですか課長」
「能力者は老化速度半減、語学力向上が基礎セットらしいが私にはない」
語学力向上の代わりにプログラマーとしての適性が高まる事例もある。
「おそらく、それによって課長の能力はより強力になったのでしょう。対価を支払っていますから」
そんな対価はいらない。
私は適当に残業をして一人のんびり課の部屋で過ごし、アパートに戻ってポテチと発泡酒を呷るのが生きがいだ。能力者バトルなど困る。
「まぁその。君が今まで課の為に色々してくれていたのは知っているから、今さら同類とわかってもどうってことはない」
「課の為じゃないです。私の初恋の為です」
おい。
本当にヤバいぞ。
藤原くんは美女だがまだ19歳だ。
年齢的に倍くらい違う。いや時間加速による加齢を含めたらそれ以上かも。
「課長、愛しています」
「……えーと。異動を受けようと思うのだが」
幸いにも藤原くんをアレコレしようとした次期社長である部長がハードディスク廃棄でやらかした関連会社に私をトバしてくれるようだし受けよう。
しなだれかかろうとする藤原君をさけて前傾姿勢になり乳首をつまんで能力を発動した。
爪先移動で逃げるわたしを能力発動中はほぼ動けない筈の藤原くんはキャスターつきイスを高速で動かして追いかけてくる。壁や天井移動できるって嘘だろ。
高速移動、鈍速化。時間停止。
我々時間停止能力者の戦闘は人知れず行われる。
「愛しているって言っているじゃないですか!」
「だが断る!」
翌朝。
「トイレの水で淹れたお茶です課長」
「ありがとう。でも睡眠薬入りの青いお茶はいらないよ藤原くん」
増えた白髪を撫でながら私はいつものそぶりで茶を受け取り、今日も仕事をする。私は時間停止中に電子機器を扱うことはできないが、通常空間内にて体内に仕込んだものは別だ。
『File Number 2019 藤原怜夢
ある種の興奮状態に達した瞬間を最大効果として半径1メートルの空間を中心に時間を加速する能力を主に持つ。発動直後及び効果範囲外の時間は徐々に効果が減衰するがその範囲は広く危険度A判定。言動に問題があり周囲の誤解を受けることは多々だが性格は穏やかかつ仲間想いであり、無害とする。今後も監視を続けるものとする。
報告者Agent0о¦ エージェントゼロオーブロークンバーティカルバー 仮名中原俊樹』
機関は実在するが能力者を抹殺するためには存在しない。彼らが能力に気付かずあるいは気づいても穏やかに過ごせるように本人にも気取られずに支援する組織でしかない。私は政府機関の人間として、また能力者やその親近者を多数抱えるこの課を社長から直々に任されたものとして今後も全ての能力を使命に捧げ続けるだろう。
私の髪が後退しつつあるのは時代と時給と時間と時空が私に追いつかないからである。決してハゲているわけではない。
※男子校出身の女子高生もいるし藤原くんが女性とは限らない。読者によっては雄っぱい豊かな男性なこともあり得る! あり得るのだ!




