愛哭き宇宙
無だ。全てを無にするのだ。
素数を数えろヒッホッヒー。
呼吸を整えるように粒子力学の定理だけを信じるのだ。君の名は。彼の名は宇宙。
ただし我々が知る宇宙の姿ではない。
宇宙は収縮を続けていた。
すべてを無に。溢れるモノを抑えるのだ。
俺はもっと理性的なはずだ。俺は粒子力学以外にうつつを抜かすことはない。
しかし彼が己を律するのとはうわはらにとどまらぬパトスが彼のなかで渦巻く。
エネルギーが消え去った無の揺らぎのさ中であっても振動だけは物理学的に消すことはままならない。
「ダメだ。俺はもっと理性的な存在であるべきなんだ。けして、けして欲望のままに」
彼は孤独だった。彼は揺らいでいた。
その大きさ。実に直径10のマイナス34乗。
素粒子よりも小さくとどまり、彼は自らを律しつづけた。消えろ。消えろ俺の欲望。
しかし彼の理性のタガは些細な振動で揺らいでいく。後に経済用語インフレーションから命名されるインフレーション理論。所謂自慰である。
ダメだ。ダメだ。崩れる。壊れてしまう。
この程度でイクことはない。いやイッてはいけない。
脳裏にささやく声がある。もし悪魔の声が存在するならばまさにそれであろう。エデンの園から神がアダムとイブを追放したようにそのゆらぎ(自慰)は致命的であった。
原子より小さい物質は大きい物質と異なる挙動を示す世界。膨張の世界への渇望が、飢えが、欲望が彼の中でスパークする。
「揺らぐ。揺らぐ。無である俺が揺らぐ! 振動が。振動が抑えられない!」
彼は達した。
宇宙創成である。
宇宙創成の10のマイナス44乗秒後から10のマイナス33乗迄の一瞬にして素粒子よりも小さかった彼の身体は膨れ上がる。
も、もうだめだ火の玉になる。
コンフォーマルシンメトリーの状態に陥った彼はそれでも理性を忘れない。忘れたくないと量子力学を思い出す。収縮する古い宇宙はもはや新しい膨張する宇宙へと変わりつつあるのにだ。
量子力学は物事が破壊するときに我々を助ける。電子の落下を防ぎ原子が壊れないようにしてくれる。
彼もまた最後の量子力学に従い、いや己の欲望を解き放ち終焉たる収縮と膨張の狭間で燃え上がる。
ビッグクランチが起こり得る激しい収縮とビッグバンが始まる激しい膨張の狭間で悶える彼。
「はじまる! はじまる! 宇宙創成しちゃう!」
遂に彼は達した。
迸るダークエネルギーとダークマター。
元素の叫びが炎となった。
星が生まれ銀河となりすべてが拡大されていく。
そして愛ある世界が始まった。
参考記事
ビッグバンの前にはもうひとつの「古い宇宙」があった:研究結果
http://wired.jp/2016/07/29/big-bounce-universe/
宇宙創成を解明する「インフレーション理論」
http://www.athome-academy.jp/archive/space_earth/0000000243_all.html




