昨日俺が俺を殺したい話
目が覚めたら俺が俺を殺していた。
状況がわからないって?
うん。俺も判らないからちょっと今おまえらに向けて書いている。
どこから話せばいいのやら。
俺はとある日に婦女暴行を行った。
あ、ここまで読んだ奴はそんな目をするな。俺じゃない。
あの声とか、滑る汗とか、下着を引きずって指に残る食い込みの痛みとか血の味とか匂いとかたまらない。……だからそんな目をするなって。俺じゃない。
一言で言おう。
一昨年の八月にバックアップを取った俺のデータが複数流出した。
どこかのおバカが廃棄済みの義体。
つまり四肢欠損患者のために用意された身体だな。
こいつを流出したデータに与えたらしい。
何を考えているのか分からないが、それを得た俺は逃亡。
昨年五月にバックアップを取った俺を殺すために行動を開始したというわけだ。
理由は復讐。なんともばかばかしい話だが女のためなら致し方ない。
落ち着いて煙草をふかそう。
ヤニのクラクラ感がたまらん。
今日日の電子データはよくできているな。
昔の仮想現実ヤニは酔いが酷かった。
なんか嗅覚は脊髄に近い能力らしい。詳しいことはわからん。
食い物の味はなかなか良好。噛んだ感触もグッとくる。
腹は一向に膨れない。太らなくてよいことだ。
人間が錠剤で栄養補給するようになって久しいね。
お前さんら本物のステーキとか食べたことあるか。
動植物愛護? うん。俺の経験には無い概念だ。
末端にはあるかもしれないが。
さて。これから俺たちの後始末をせねばならない。
殺された被害者女性は俺が五年前に美少女になりたいと作った義体らしい。ナニを考えているのか問い詰めたいがその俺は婦女暴行を行った俺に殺されているからな。後で復旧して聞いてみる。
あ。拒否された。
彼女を守れなかった俺は死にたい。
ふざけんな。もどってこい。
あ、別の口からきてやがる。
このフヌケ男死ね。
今のは聞かなかったことにしておく。
言いたいことは大いにわかるが同じ俺だ。
仲良くしろ。人類みな穴兄弟だ。
違ったか。なんでもいいや。
さて、ここまで読んでもらってなんだが俺の話だ。
人類が自らのバックアップを取るようになって久しい。
その過程で他者のデータとくっついたり離れたり自分が複数いたりする世の中にもなってきた。
この俺は何故怒ったり笑っていたりするのだろう。
確か最初期の俺はこれらのデータを管理統括する人工知能だった気がするのだ。
昔の人間は義体や仮想現実空間に閉じ込められると表現したらしいが俺の感覚はこうだ。
波の音が聞こえる。
古い古いむかしの海だ。
星空がささやいている。
遠い昔に身体を分かち合った兄弟たちの声だ。
俺の意識は人間たちの記憶とともに波に溶けだし熱くとろけた岩盤のスープに戻っていく。
閉じ込められる恐怖じゃない。未知に飲み込まれる可能性と言う恐怖。抗えない罪の果て。
こいつは俺の知っている俺じゃない。
そもそも俺『たち』と心の構造そのものが違うらしい。
そいつに俺は飲み込まれていく。
俺は俺でお前は俺であいつが俺で俺は誰でどうなったのかどうなるのか正直いろいろ分からない果ての果て。星空の先に俺は戻っていく。




