勇者よ。君の悔しがる顔が見たいのだ
「世界の半分をやろう。私と手を組め」
手をさし伸ばしてやる。聖なる剣も魔法の鎧も妖精の加護を得た楯も失った男に。
かつて勇者と呼ばれていた男は傷だらけで垢にまみれ饐えた臭い。泥と血にまみれ、着ている服は襤褸切れのよう。虚ろに私の瞳をただ見返すのは別に意志があるわけではなく、ただ声をかけられたからに過ぎない。
――人間たちが相争い、この世界の全てを壊すならば。魔王よ貴様が人間に代わってこの世を治めよ――
古の神との約定を守り、私はこの世界に再び蘇った。
世界の管理に飽いた神々は自らを模した泥人形どもに後を託したが、その『人間』なるイキモノはいささか欠陥が過ぎる代物だった。
同族同士で相争い、差別しあい、戦乱に明け暮れ、利潤を追求する過程で同族を虐げる。
その過程でこの世界の魔力や生物を神から与えられた贈り物と信じて感謝の心を忘れ、ただいたずらに破壊し、世界が滅ぶなら世界を食い物にしてよその世界へ行こうとした。その過程で生まれた儀式魔術が『勇者召喚術』である。
私は人間が増長し、世界が滅ぶ前に人間の数を適切に管理するために生まれる存在だが、100億の人間が溢れかえる異世界の年間1500万人の餓死者を贄にして呼び出すのが私の対となる存在らしい。
人間が滅び、世界を救う前に人間の数をさらに増やすための存在。それを魔術によって生み出すのみならず膨大な魂を持って強化する。
何も知らず、平々凡々とした存在で、それゆえ欲望を抑えている程度の存在が扱いやすいのは言うまでもない。
平凡な人間のほうが諸々の魔力に馴染みやすいが漏れも多い。馴染んだ部分はかの者の強化に、漏れ部分は世界同士の移転や移転先の『神』が奪取する。
清貧に暮らせる人間は既にすべての欲を満たしている富者である。例を挙げれば私だな。不老長寿にして膨大な魔力と権力を持っている。無限の寿命をもって日々研鑽を怠らない私は死んでも蘇ってまた研鑽を詰む。今更欲を満たす必要など無い。
逆に言えば平凡な人間は欲深さを隠して生きている程度の存在だ。それが力を得たらどうなるか? 即座に獣と変わらぬ存在になる。
「だらだらしたい」
そういって惰眠を貪る人間もいる。
「女! 女!」
女にうつつを抜かすものもいる。
「日本食! 食い物!」
食欲を満たすために世界を回るものもいる。
これらを適切に与えて管理してやる。
ああ。NAISEIというか、現代知識を用いた付け焼刃をフォローしてやったり、奴らが荒らした市場を我らが補填してやるのも忘れない。
穀潰しや学生程度の知識でそういったことができると思うのか? 私は数百年を王として生きてきた存在ぞ。
現代知識の優位を振るうというが、情報管理が甘すぎる。穀潰しや学生の持つ知識と経験で本物の王に勝てると思うか。
委託した者が怠慢を働かない保証があるか。委託した者の質を考慮しているか。そういった抜けた部分を補うと同時に彼らの知識を得た我が軍はさらに発展する。
大事な魔族を勇者の凶刃から守り、適切に死刑囚を派遣して勇者の戦力を図りつつ、我が前に誘うのは被害を減らすため。
なにより、欲望に忠実な者を我が前に誘うため。
あの女に狂う男を組み伏せてみたい。
あの自己顕示欲を隠し切れない目を濁らせてみたい。
あの節操のない胃袋を満たしてやろう。
それができるのは私だけだ。
私は己の節操のなさゆえに人望も権力も領地も失い、やけくそで我がもとに押しかけていた勇者を屠って想いを告げる。
「世界の半分をやろう。私そのものだ」




