不肖わたくし。悪役令嬢と呼ばれておりました
離せ。離しなさい。下賤なものの手伝いなど要りません。荒々しく私の腕をとろうとする男たちの手をはねのけ、目線で制し、私は自ら首を捧げるように頭を垂れた。
耳に少し風の音。鼻に広がる血の香り。
首にすとんと落ちた衝撃と支えなく土にぶつかる痛み。喉に広がるのは決して表に出さなかった涙の味。
血。血。チ。ち。
親友だった少女を犯し、この国の王子を謀殺し、将軍や将来有望なる騎士たちを篭絡した『悪役令嬢』はここにその生涯を終えます。
本当は怖いのです。
でも淑女というものは取り乱すようなことはしません。
たとえ死の直前であっても優雅に。
そして『悪役令嬢』である以上相応の態度、不敵でなければなりません。
本当は寂しいのです。
親友として彼女といつまでも一緒に穏やかに生きていきたかった。政略結婚とは言え婚約者の彼とはよい関係を築いていけていたと思っていました。
将来有望な若い将軍。この国を支える貴族や騎士たちの子弟。彼らが生きていればどれほどこの国は発展したことでしょう。
にくいです。
すべてがにくいです。
ほろべ。ほろんでしまえ。
このくびにいしきがあるかぎりすべてをのろうコエをあげましょう。
一八年前になります。
とある公爵家。簡潔に申しますと現国王の兄にあたる父の子として私は産声を上げました。
なお、父は無能だったわけではありませんが、様々な理由により弟に王位を譲ったという事実だけを簡潔に申しておきます。
少々子煩悩ですが、『ゲームの悪役令嬢の父』としては普通でしょう。私は少々妙な記憶がありました。その記憶と現在の乖離に悩み、夢見がちといわれることもあることを除けば概ね普通の女子といえたでしょう。『普通の女子大生』というその古い記憶は白粉の成分の鉛や水銀が有害など有用な知識もあったり、農業関係に関してはかなりいい加減な知識であったり、政治経済の理論等に関しては父も舌を巻く体系化された知識で著書を書かねばならない程度でございました。概ね前世の私。もといあの世界の婦女子というものは教養の高い者揃いだったと思います。
少なくともこの世界よりは一平民が収める知識の量は多い。
「もっとも。貴族制度が否定される世界なのですが」
かつての私は親友である『ヒロイン』となるかの娘と歓談していました。前世での特殊な遊戯において、私は悪役で彼女はヒロイン。そんな物語を追体験するものがあったのです。記憶はとてもあいまいですが。
ええ。今も『昔』も女性は忙しいものです。
少ないお小遣いをはたいてお洒落に生活に友達との遊びにと大変なのです。だからゲームの内容などは話を合わせることができれば問題はない。なかったのです。
「○○ちゃん。時々難しいこと言うわね」
「あら。××様。『ちゃん』は私たち二人だけの時だけ」
ぶうと膨れて見せる私。
恐れおののく周囲の人々。
「でした!」
けたけたと笑いだし、慌てて取り繕うように礼儀作法を思い出す彼女。
辺境騎士の一人娘の彼女は『ヒロイン』として我が婚約者を奪いこの国の王妃になる運命。私は身を引き、隠居となればいいのです。
ただ、婚約者である王子。わが幼馴染と私の関係がこじれてきたのは私たちが思春期になってからでした。
簡潔に申し上げますと私は彼との素敵な関係を維持するわけにはいかず。
かといって親友である少女を彼に引き渡すための準備をどこか怠った節があり。
簡潔に言うべきですね。
『彼は階段から落ちた』
死んでいただきました。
もう一人の親友であり、自分でも気づくことなく心寄せていた相手だったと知ったのは彼の遺体を見てからです。
ゲームの強制力というものでしょうか。
私の友人は時々さまざまな主要人物と友誼を結ぼうとします。私たちの関係を阻む彼らには相応の目にあっていただきました。
そしてわが友。
そんなに男が。
わたくしをみれないのなら。
わたくしだけのものでないなら。
希望に満ちた瞳は砕けた硝子のように光なく。
明るい歌声を放つ喉からは嗚咽と共にガマガエルのような醜い音。
耳触りの良い台詞を口にしていた彼女はもう明るい言葉を放つことはありません。
心を壊し、身体を徹底的に痛めつけ、私は彼女の両手と両足を切り落とさせ。
彼女の頬を舐めあげてそっと彼女を抱きしめます。
心を失った彼女を。私だけのものになってしまった彼女を。
人材をごっそり失った今の王国は脆弱です。
貴族制度を否定することになりますが、広く民間から優秀な人材を集めなければなりません。
それは皮肉にも私たちが学んだ学校においてモブと言われた人々の活躍を促すことになり。貴族たちが人材や金銭を一元管理するのではなく、民たちの貯蓄を安全な金庫に納め(※そもそも民たちに『貯蓄』の概念を植え付けるのが難しく、『為替』を教える段階で一苦労でしたが)人材や金銭の流れが貴族ではなく商人たちやギルドの人たちに流れていくのはそれほど長いときを必要としませんでした。
それでも、私は女王として国を運営する必要がありましたからね。
我が国を侵害していた某国家を滅ぼせたこと、私の治世のうちに農民反乱を起こさなかったことは私の功績だと思いたいのです。
やりすぎで貴族制度を崩壊させてしまい、市民革命を起こしてしまったのは私の力不足ですが。
ところで。
今更前世の記憶を思い出しました。
あのゲームにはライバルキャラとしてのわたくしはいましたが。『悪役令嬢』としてヒロインを苛めるようなことはないのです。
また、ヒロインは確かに我が婚約者と結婚を目指すのですが別にそれが確定されたこととは限らず。
そして、あの騎士たちとヒロインはもう少し穏やかな関係であり。
前世の私は忙しく、ゲームの話題などは話を合わせる程度でした。中途半端な知識が逆に私たちの運命を大きく狂わせ、ありもしない悪役令嬢の運命を回避するための行動として私の人生を可笑しくさせて、尚且つ大切なあの子の瞳から光を奪うことに。
ああ。呪わしいは我が怠慢。
ああ。心苦しいのは私の存在。
前世も今世も消えてなくなれ。
願わくば来世など無き、永遠の無を。
この世界に永遠の呪いを求め、地面に転がる首は声なき呪いの声をあげます。
腕の良い処刑人よ。見届けなさい。
私が生きている限り私は首だけになっても瞬きを続けると言った言葉は嘘ではないでしょう。
市民よ見届けなさい。
あなたたちを愛した女王の無様で滑稽なさまを。
人々よ呪いなさい。
今後も自ら生み出さずにただあっただけの異世界の不可解な知識を運用せねばならぬ歪な世を任された恐ろしさを。
私は。
私は悪になりました。
たいせつなともだちをきずつけた。
わるいむすめ。




