この絆別つことかなわず
ドイツ語におけるAtomという言葉の語源、それはギリシャ語のἄτομοςである。『分割できないもの』を意味する。
物質に分割不可能な最小構成単位が存在するという考えは古代ギリシアの時代からあり、その存在に対する反論も歴史的になされてきた。だが現在は哲学の上の原子は一般論から消え、化学元素を意味する。
「ぼくらはたゆたう雲のよう……」
実際の原子は陽子と中性子で構成される原子核の周りを惑星のように電子がまわっているわけではない。
まるで雲のように取り巻き、そして交わることのない乱交状態である。淫乱なのだ。
「あ、分子結合していく」
「もう。もう形を保てない」
「ああっ! おれが変わっていく!」
「俺も、俺も新しい物質になっちゃう!」
「二人で変わろう。新しい世界に行くんだ」
「あああっ?!」
原子が電子を失い、あるいは得てイオン化する場合原子を構成する雲の広がりは当然変化し、その大きさも変わっていく。
「だめ。ぼくの中に君の電子が入ってくる」
「俺は、俺は大事なものを奪われた……あなたの電子です」
このような事情のため、原子の大きさを定量的に示す原子半径にはいくつかの定義があり、場合によって使い分けられるのだ。
「すごい。俺が集まっていく」
核融合である。
「ああっ?! おれがおれが変わっていく!!」
核分裂である。
「だめっ! おれがおれがおれが」
現代の錬金術は理論上金の生成をも可能とする。その代償は計り知れないが。
論理の世界では現代社会において巨大化した機能集団の官僚制機構。人間が一つの歯車と化して主体性を喪失し、孤立した状態にあることをアトム化と呼ぶ。
願わくば我ら人類もまた彼らに見習い、愛やつながりを見失わないようにしたいところだ。




