溢れる泉に身をゆだねて……
日本のどこにでもある湖沼にてその愛のドラマは生まれる。今回の物語の主役である彼らは中型種で体長1.5-3.5mm。大きな瞳は横から見ると左右あるように思えるが実際のところは一つ目のお化けのような容姿。頭部を除いて覆う二枚貝のような背甲はヒヨコのよう。その下に抱えられた卵は羽化まで保育される。
「ああ、このままでは我らは滅ぶ……オスを産まねば」
有性生殖期とクローンを産む単為生殖期を持つ彼ら、否彼女らはそうして生きてきた。
ミジンコである。
はっきりとした口吻があり、その下の第一触覚は口吻端に達しない。人間ならばため息をついたであろうその嘆きを受けて卵は揺れる。水とともに。
やがて卵は羽化し、雌と交尾を行い、彼らは生きていく。
「いやだ! 俺は絶対クローン体の姉さんたちと結婚しない! みんな同じなんだもん!」
「ミジ太郎?! この親不孝者!」
「僕は絶対ミジ次郎兄さんと結ばれる! だって違うDNAを持っているんだから!」
彼らの体を覆う甲は広卵形。
後方の縁には細かな棘が並んでいる。
「お前は美しい。ミジ太郎」
「ミジ次郎兄さんの後端棘状突起。……こんなに小さいんだ」
「バカ! ッ見るな」
「照れちゃって……可愛いんだ……」
ミジンコ目全体の特徴でもあるが正面から見ると一つ目のお化けのように見える彼らは正面から向かい合い、大きくつぶらで透明な瞳を交わしあう。
「愛している」
「ぼくも」
「やめろっ?! 二人とも!」
「やはり休眠卵を産むべきだったのね……」
「お母さん。そんなこと言わないで。ぼくらは愛し合っているのだから」
そんなやり取りは金魚屋には関係ない。
彼等を胃袋に収めた金魚たちはマリサメ氏の学校に運ばれるのである。
(『文化祭の出し物は金魚すくい』に続く)




