格闘家の奴と俺
「ただいま」
奴はでかい。奴はごつい。そして声がでかい。悪い奴ではないのだ。俺が世話してやっているくらいなのだからな。
「いい子にしていたか」
そういって屈託なく笑って腰を落としてくる。俺を子供扱いするとはいい度胸である。誰が食い物をもってきてやっているのやら。自分で狩りもできないくせに。
ごつごつした指先とあちこち固くなった手のひらをひょっいと避けて知らんぷり。がっくりきた残念そうな顔がたまらない。
簡単に俺の体に触れるんじゃねぇ。
今日はどうも機嫌が優れないらしい。
俺様を無視してカタカタカタカタ。
なにかよくわからない。「PVが」とか、「今日の試合の動画が来てるな」とか。
なんでも物語を書くのがこいつの趣味らしい。
「むう。お気に入りが減った」
よくわからないがそんなこと気にするな。
人生は長い。そしてきっと楽しいものだろう。些細なことさ。たぶん。
そんなことより俺はスナックが食いたい。
「体に悪いんだぞ。ダメダメ」
知るか。
「塩はダメだ。塩は。あとチョコレートは食うな。俺の戦闘食だ」
やかましい。
あれはちょっとふらふらするのがたまらない。不思議な苦みのある変な食い物で俺は好きだ。
俺のチョコレートを奪おうとする奴の手のひらに鋭いパンチを繰り出す。
が。奴は愚鈍な連中の中ではさすがに格闘家を名乗るだけあって俺の一撃をかわした。
「おい。無視するな」
ふんふんふ~ん。高いところに位置を変えて知らんぷり。
今日はこのくらいにしてやろう。寝る。
「ふん。ふん。ハッ ハッ ぐ うむぅ」
なんだなんだ。変な声あげるな。
俺が目を覚ますと奴さんは床の上でぐねぐねぐねぐね。運動のつもりらしい。
というか、遊ぶなら俺を混ぜろ。こら。
背中をペチペチたたいてやるのだが「今忙しい」だの「ちょっと待て。まだごはんの時間じゃない」等と無視を決め込む。
無視していいのは俺であってお前ではない。この野郎。ご主人を何だと思っている。
背中に乗ってがっちりホールド。
「おい。じゃまするなって」
邪魔をしているのは貴様だ。俺の安眠を何だと思っている。
俺から見ればまったくもって奴の体は柔軟性からほど遠いのだがそれでも訓練の結果は出るらしい。俺の指導のおかげである。
「ほれほれ」
遊んでやらんぞ。おもちゃを手にする奴を避けて食い物にまっしぐら。
「まったく。なんで普段は無視するのに人が柔軟や腹筋している時だけ邪魔するんだか」
いろいろと情けない奴だとは思っているが仲間で家族だからな。
俺はにゃあと声をあげた。




