コンスタンティノーブルの歓楽
夏でありながら灰色の雪が天を覆う。その魔性の雪は火山灰。
東ローマ帝国の帝都である我ことコンスタンティノーブルを破廉恥にもムスリムが襲おうと決めた日。
海底火山がまき散らすその見えざる猛威は大地を包み、稀に見る冷夏によって世界を包んでいた。
私のそば。起立する城。
ムスリムは私を求めて厭らしく舌なめずり。
城壁の総延長26㎞の私に『先生、あの街をください』と勝手に言い合いながらわが身を狙って襲ってきたのだ。激しく私を求め、たった四か月で狂おしく隆起していくその禍々しい物体。
いまだかつて見たこともない熱く固く巨大な砲を放たんとする姿に恐怖を覚えた私は必死で周囲に助けを呼んだ。
ローマ教皇は口ばかりで今襲われている私に殆ど何もしてくれない。ヴェネチアとジェノバの援軍、私の身を守る傭兵たち含めて7000の我が身にムスリム10万以上の圧倒的な数が私の城壁を責め立てだしたのだ。
「巨大砲台はどうだね。1600メートルの巨砲の威力。もう身体が震えて言うことを聞かないだろう」
「三時間に一回。くる。だが、だが、こんな散発的な責めで俺が屈するはずがないだろう」
まだ持ちこたえられる。誰か助けてくれ。
しかし神は想像以上に無慈悲だった。
「なら、小さい砲も用いてもっと責めてやろうではないか」
「やめろっ?!」
暴虐を尽くすはムスリムたちの大型大砲。
小さい砲が間断なく、燃え上がる長い砲が我が身を深く貫き、短い砲が城壁を激しく揺らし大型大砲が雄たけびを放つ。震える城壁を押さえ、崩れ落ちそうな壁を修復し助けを待つしかない身を呪う日々。
私には金角湾を守る軍船があり、鋼の鎖でしばりつけられた我が身を抜くことなど出来るはずがない。
そう思っていた。
その見込は我ながら甘かったと言わざるを得ない。
「らめぇ! 金角湾にぃ! ムスリムの軍船はいってくるよぉ!」
「ふはははっ! 海戦でかてぬならぁ? 陸送で軍船を送ってやろう!」
七十隻もの軍船が陸を超えて我が金角湾にゆっくり、ゆっくり。激しく力強く注ぎ込まれていく。
たっぷりの油を塗った木の道を通り、大地をなめあげるように奴隷どもが陸送する軍船が我が身を犯していく。
だが、だが、この程度では屈しない。
「屈するはずがないだろう?!」
次々と打ち込まれる最新式砲台の連鎖攻撃に崩れそうになるも必死で耐える。耐えて。見せ……。
巨大大砲と最新式大砲の連鎖攻撃で崩れそうだ。
私の下を舐めるように掘り進める地雷攻撃。
迎撃部隊がそれを迎え撃ち、子供たちが地雷戦の音を聞き取らんとする。
子供たちの前でっ?! やめろやめてくれッ?!
「ふふふ。これで、こんな程度で堕ちるのかぁ? まだまだ耐えることが出来るであろう?」
く。屈するものか。永き歴史を誇る東ローマ帝国が滅びるはずがないだろう……?!
キリストの為に死ぬのだ。私は。
このような連中に街中を許すはずが。
「略奪せよ。モスクに教会を変えてしまえ!」
やめろっ。
「と思ったが辞めた。破壊を禁じる」
なんだと……。あああっ焦らすなッ?!
「ハギア・ソフィア聖堂はモスクに」
あああっ?! や、やめてくれぇえっ。伝統ある聖堂を汚すなぁあああっ?!
「これで貴様はメフメト二世のものよ……どうだ。堕ちた気分は。メフメト二世様と呼んでみろ……さぁ」
我が伝統ある聖堂からムスリムの勝利の声が上がる。
この我が身に熱く激しく剣を突き立ててくれる一人のキリスト教徒もいないのかっ?! 神よっ?!
「メフメト二世様ぁああっ?!」
長き伝統を誇った私はムスリムに堕ちた。
この戦のあと、我が主だったコンスタンティノス十一世の姿を見たものはいない。




