バレンタインデーは三倍返し
「先輩。こ、こ、これをうけとってくれませんか。い、いえっ?!」
男なら一度は夢みる事だろう。
可愛い美少女の後輩がバレンタインデーにチョコレート片手に告白してくる妄想だ。
「受け取ってください! お願いします!」
しどろもどろだった後輩は明確な意志を持って俺にその物体を渡してきた。
後輩のその真っ赤に燃える頬は耳までその熱が伝播し、不安と期待で鼻の下にある唇がせわしなく震えている。
心なしか俺の足元がくらくら。眩暈がしてきた。
「お、お願いします。先輩」
ああ。こいつは俺にとって可愛い後輩さ。
うちが男子校だという事実を考慮してくれると凄く助かるだけで。
高校生とは思えないガチムチマッチョな後輩は見た目に反して気弱な男である。その反面、細かいことにいい意味でよく気が付いて先輩受けは至極良い。
反して俺。小柄で細身。ともすれば中学生と間違われるレベルだ。もっともチビだからと舐めてかかる奴は得意の合気道でコテンパンにしてやっていた。
奴と出会ったのも入学式の日、新入生が他校の不良に絡まれているのを目撃したからで。
「あ、あのとき助けてもらってから、もう。もう俺は自分の気持ちが抑えられなくなってしまったのです! 先輩。俺。俺は先輩に嫌われても良いです。でも先輩が好きなのです!」
なんか矛盾していること言っているぞ貴様。
奴が差し出してきたのは言うまでもない高級チョコレート。
そして今日は2月14日のバレンタインデーである。
女の子が男に告白する日であって男が男に告白する日ではないと思うのだが如何に。
俺の口元が盛大に引きつっているのを感じてヤツの巨体がウサギのように縮こまっている。
「そ、その、その! お母さんが普段お世話になっている先輩に渡せって!」
俺がドン引きしているのを見てごまかしにかかってきた。いや、俺もそのごまかしを信じたいが如何せんさっき言った事と矛盾するだろ。貴様。
ていうか泣きそうな顔だし。赤くなったり青くなったり涙目だったり忙しい奴だな。
「その、あの。一生懸命作ったのです!」
手作りか。家庭的だが変な体液入れていないだろうな。
「是非、是非食べてください」
「あ~。うん。善処する」
あまりにも必死な後輩の態度に押され、結局俺はそのチョコを受けた。
男子校でこの手の話に縁が無かった俺は気が付いていない。一か月後にはホワイトデーなるお返しeventが日本限定であるということを。
そして奴がそれこそ本命という勢いで一か月後に迫ってくる事実を。




