閉じられたアクアリウム
真っ暗な闇の中。俺の吐息が漏れる。
吐息の音さえ消える暗黒の中。
彼の漏らした甘い声が一時途切れる。
蒸し暑い一室の中で俺たちは肌を寄せ合い、お互いの汗を舐めていた。
水などは無い。食べ物なんてあるわけがない。蒸せるような悪臭にはもう慣れた。
空腹に屈服して噛み砕こうとした革靴が時々足に当たる。もう長い事太陽の光を見ていない気がする。最後になにかを見たのはいつだっただろうか。
舌に残る彼の汗の味だけが鮮明で。肌に刻まれた痛みと悦楽のみが俺たちの生存証明だった。
クローズドアクアリウムというものを御存知だろうか。
魚類が糞尿を垂れ流す。それを菌類が分解する。
その栄養と光で水草や藻が育ち酸素が供給される。その藻を魚類が育つ。
俺たちは何時しか思考能力を停止させ、長い長い間お互いの汗を舐めあっていた。
気持ち悪いというマトモな思考は熱さと悦楽の前にどこかに消えた。ただ、ただこの閉じた空間から出られる瞬間を待っている。そして俺たちはのたうち続ける。
いつの間にか髪の毛をもポケットの中の鍵でちぎって食べあっている自分たちに気付いた。髪の毛など食べても消化できない。
糞尿も口にした。腹をこわしてそれを口にする。お互いが食料であり存在する意味だ。
光よ。光を。もっと光を。俺たちは自由を求めて蠢き、ありもしない光を求めて夢現の世界を彷徨い続ける。
金魚は人間がいなければ生き残ることは出来ないという。では俺たちは何のためにこの暗室で蠢き続けているのか。俺たちを活かし続ける神々の道楽の為なのか。
衰えた口の力でお互いの腕を噛み、肉を食いちぎろうとしたとき、光が見えた。
鼻の中に彼の汗と血の味と香りが広がっている。
彼の舌の上には俺の血と汗の香りと味が広がっているのだろうか。
俺たちは自由だ。俺たちは自由だ。俺たちは自由なんだ……。
不思議な夢を見た。
人間になって闇の中を彷徨い、お互いを貪る夢だ。
しかしここはなんという騒がしい場所だろう。
光がチカチカして妙な映像が映っている。人間の子供や大人がひっきりなしで訪れては我々を見て喜んでいる。誠に結構なことだが我々にとっては縁のない事だし、できればご遠慮してほしいのだが生憎この『固い水』から我々が出ることは叶わない。
私たちは透明な水の中を彷徨い、人間にその姿を晒す。私たちは生きるためにそうしているが、人間は何をするためにここにいるのだろう。
しかしここはかなり過ごしにくい嫌な所だ。繰り言になるが騒がしいし光がちかちかするし人間たちがひっきりなしにやってくるのだから。
私は尾びれを動かし、人間が言うところの優美で可愛らしい動きとやらで進む。
実際の処は機嫌がいいとは全く言えないわけだが。
まぁ。何週間か死なない程度に生きよう。そうしよう。




