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宇宙(とき)の果てまでこの愛を(BL注意)  作者: 鴉野 兄貴


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幸福になれない王子

 王子様は幸せだと思うの。

 だってあんなに綺麗な笑みを浮かべているんだもん。まるで天使様だよ。

 天使なんて見たことないだろうに。数学教師の言葉に子供は応える。だって夢で見たもの。

 夢で見たか。なんと非科学的な。数学教師が嘆くそばを一羽の小さなツバメが横切って行った。


 王子が幸せか否かはさておいて話はこの通りすがりの燕に移す。この燕、こともあろうにエジプトに向かう旅すがら、植物のあしに恋をして彼女のそばにいたという変わり者である。

 当たり前だが葦は燕のように翼を広げてエジプトに向かう訳にはいかない。船に成ることは出来るがそれは彼女が葦であることを辞めて船に成ることを意味する。足が葦であることが彼女にとって彼への誠実さの一つであったために彼らは破局した。若い二人にはよくあることだ。

 問題はこの燕、葦に恋するだけあって少々粗忽の気があった。速い話があっさり鴉に喰われたのである。ご愁傷様。

 さて。鴉は戸惑った。

 鴉は元々賢い鳥ではあるが彼は少々毛色が違う。いや、もちろん鴉だけに彼の羽毛は真っ黒けっけの性根も真っ黒な奴だったが彼の最も特異な点は死んだ人間の記憶を持っているという不思議な所である。

 故に彼は人間の言葉を理解できるし、人間の文化や文学も理解している。



 鴉は知った。「さて。困ったぞ」そして人間のように首を回す。「この燕って『幸せの王子』の燕じゃないか」前世の人間が持っていた記憶があるとはいえ鴉は鴉。これはこれで気楽に鴉としての生活をやっていたのである。

 鴉はものを良く知っていた。かの童話の作者が某アンサイクロペディアの始祖呼ばわりされる作家・オスカー・ワイルドであるとかそういったことをだ。


 今、鴉と共に街を見下ろす金色の王子の像は憂いを帯びた瞳で鴉にあれやこれやと命令をぶつけている。

 曰く、彼が生前は不幸の何たるを知らなかった。今台座に固定され像となって世間を見つめることで己の無知を知った。私の剣の柄の宝石を貧しい人にやってくれ云々である。そんな王子に鴉は告げた。

『お断りだね。何故ならお前さんが全て、お前の目玉から肌の金からすべてをなげうってもぬか喜びをさせることしかできないからだ』

 その言葉を聞いて王子は泣いた。鉛の心臓を震わせ、その宝石の瞳から涙を流した。

「だから、王子様。俺の言うとおりにしてくださいませ。これは俺の罪滅ぼしですので」

「罪滅ぼし?」


「いや、鴉は鴉らしく、鳥。畜生として生きるのが定めですが、こともあろうに私には人間の心が解ってしまうようなのです」

「ほう」



 物珍しい話なのに王子は信じたらしい。

「この私、昔はしがない人間でしたがこともあろうに鴉に生まれ変わってしまいました。そして食欲のままにとある燕を食べたのですが」

「なんぞ恥じることもあるまい」

 生き物が生き物を食べ、命をつなぐのは当然だ。

「まぁそうなのですが、この世界に大きくかかわる改変をやってしまいました。この世界の危機になります」「ふむ。隣国が攻めて来るのか」

 懸念する王子に鴉は続ける。

「いえいえ。そのようなことはありませんが、それでも世界の危機であります。すなわち王子様が心配されている民の将来に関わるのです」

「話せ」


「では、先ほどの前言を撤回するようですが、その剣の宝石を一つくださいませ。必ず役に立てます」

 その宝石は本来ドレスを間に合わせるために徹夜仕事をする女のもとに届けられるものである。かの女は幼い息子が病に倒れ、オレンジを望んでいるのにそれすら買えないのだ。

「黙ってこの宝石を早くあの女に」


「待ってください」


 鴉は諭した。一人を救っても意味がない。この街には同じ境遇の人間が幾らでもいるのだと。「では如何にする」と問う王子に鴉は提案した。



「水をきれいにするのに使いましょう。この宝石は私の見たてでは水をきれいにする魔法の力がありまして」

 こうして、鴉は街の水源の奥深くにこの宝石を隠した。

 水が良くなり、人々は大いに潤い、病はなくなった。

 業突く張りの医者が苦い顔をしたが概ね良い事である。


「鴉。鴉。頼みがある」

 空を舞う鴉の羽根休め場はすっかり王子の足元になりつつあった。もはや悪縁といえよう。


「なんでしょう。王子様」

「今度は貧しい劇作家を助けてほしい」


「お安いご用です」

 鴉は作家の枕元で恐ろしい声を上げて見せた。


『作家よ。作家よ。貴様の寿命はあと二〇年しかない。

 もし貴様が心を改め、親の介護とマトモな定職について励めば三十年は確実に生きられるであろう。

 また、美しい妻がつくだろうし、今の口先三寸しか取り柄のない連中と縁を切り、ちゃんと支援してくれるパトロンを得ることが出来るのだ』


 死神に声をかけられたと思った作家は狂乱し、鴉の齎した紹介状を手にもって走りだし、職を手に入れるために努力を始めた。家族はあっけにとられたが。



『貴様は脚本が書けるのだろう。

 四十過ぎているのだ。三文芝居の舞台脚本を書いている場合か。

 おのれの人生の脚本を書け。残りの人生で出来ることを冷徹に見据えねば作家としての成功も無い。

 貴様が他の定職に就いたかつての友人を莫迦にしている間に、彼らは小さいことながらもコツコツ積み重ね、戦友ともいえる友を得、妻を娶り、子を成して都市の為に頑張っておる。貴様はなんだ? 歳下の新人作家の皮肉しか言えないではないか。下らないランプ持ちの甘言に鼻を高めることしかできぬ。お前は夢を追っているのではない。悪夢から逃げられないだけなのだ』

 まさに襤褸滓ぼろかすな言い分だが、定職に就きながらも作品を書き続けた彼はやがて念願を叶え、大きな劇場で彼の作品が講演されることになったがその差し金は王子であり、鴉であった。


 そう。王子の紹介状は絶大の効果があったのだ。鴉は思った。


『宝石やるより就職先紹介してやれよ』


 鴉は人間時代の気持ちを思い出していた。


 翌日には王子はこうつぶやいていた。

『私の宝石をあの娘にやってくれ。マッチが売れなくば父親にぶたれるのだ』



 呆れた鴉は怒りとともに叫ぶ。

 この王子はどうしてここまでお人よしで世間知らずなのか。

『そんなクズ親に娘を介して宝石やったら働かないじゃないですか?!』

 この王子、人は良いが少々抜けているようで鴉は邪険に出来ない処があった。鴉の苦労はまだまだ続くようである。


 毒舌ながら人の良い鴉は悪態をつく王子の唇を軽くついばみ、

 小さな金片を嘴に挟んでかの娘を助けに向かう。黒い翼は白き空に舞い上がった。

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