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宇宙(とき)の果てまでこの愛を(BL注意)  作者: 鴉野 兄貴


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34/101

 アイツが俺の目の前に現れた時、あいつは見目麗しい少年だった。

 俺たちは来る日も来る日も自分たちの芸を主人の家の前で売り込みつづけ、食客となっていつか主人に役立つ日を夢見て、あるいは一生食って寝て生きていければいいとあり得ない願望を抱いていた。

 俺もアイツも学問で取り立てられたが、俺と違ってあいつが学問ではなく容姿で取り立てられたのは誰の目にも明白だった。

 それでも奴さんは取り立てられた後も必死で学問に励んでいた。正直気に喰わなかったが気が付いたら俺も学問に励んでいたのだから笑える話だ。


 奴さんは小柄な身体を弾ませて俺に駆け寄り、教えを乞いに来たもんだ。

 ハッキリ言ってうっとおしい。お前はその顔があれば充分ではないか。

 そういうと彼はその鼻を片手で隠して言った。

「顔ですか」


「うん。顔だな」

 俺がしたり顔で告げると彼は恨めしそうに持ち上げた鼻を片手で隠しながらぼやく。

「確かに私は主に可愛がられていますが」


「ああ」

 珍しい話ではない。

「いつか学問で貢献したいのです」

 そういって熱く語る顔は真剣でありかえって幼さを感じさせた。



「まぁ、お前は幼いし取り立てられただけでも満足できるんじゃないか」

「できません」


「贅沢な奴だな」

 まぁ俺も贅沢な部類なのだろう。もっと俸禄が欲しいし食客で終わる気はしない。いつか後の世にまで語り継がれる軍師。あわよくば何処かの国の宰相になりたいと思っている。

 以来、奴が主人の前で鼻を片手で隠している姿を見るようになった。

 鼻に皺を寄せて主人は俺に問うた。

「何故奴は鼻を俺の前で隠す」

 正直なことを述べると、きらきらした瞳を上げて主人に鼻を隠して見せる姿は他人が見ても滑稽で妙なものだった。主人が気づかぬはずがない。

 理由を黙っていて欲しいと言われていた俺は適当に答えてしまった。

「嫌われたわけでもないでしょう」

「うむ。可愛いものだからな」

 だがと主人は続ける。

「主人の前で鼻を隠すような不敬は正す」

 俺は深く考えていなかったが次の日大事になっていた。

 主人がヤツの鼻を削いでしまったのだ。なんてことを。

 鼻に布をあて、真っ赤になった奴は勤めて笑ってみせた。



 俺の鼻まで血の香りで潰れてしまいそうな中奴は笑ってみせた。


「これで学問にて主人に貢献できます」

「バカやろう。明日には追い出されるかも知れないのだぞ」


「ならばより一層励みます」

 容姿はすぐ衰え、より美しい女や少年が現れる。

 武芸はより強く、より数の多い者に敗れる。

 学問ならば誰にも負けぬ男になると潰れた鼻声で言い放った。鼻の無い奴に俺は自身の鼻っ柱を折られた気分だった。


 時代が過ぎ、俺は青年から中年に。ヤツは少年から青年になった。

 俺は主人の元を離れ、奴は主人と共に生きた。俺がなりふり構わず生きつづけ、とある国の宰相になって鼻を高くしている間、奴は無い鼻を下げて主人の為に尽くしていたのだろう。俺の策が時々防がれる事があったのだから。

 しかし時代は非情だ。かつての主人は俺の国に討たれ、否、俺の策で死んだ。その報せを聞いたとき、ふとヤツの幼き日の顔が脳裏に浮かび、柄にもなく鼻がツンとしたことを覚えている。

 ある日、俺は供の者達と市場を歩いていた。

 俺は馬に乗り、供の者達が護衛する。市場の食べ物の匂いが心地よい。



 あいつはあの鼻でこの香りをどう嗅ぐのだろうか。優秀な奴だったからどこかに仕官しているだろうと思いながら。

 しかし俺が見たのは鼻の削げた小柄な乞食だった。俺は視線を逸らし、馬をかけてその場を避けた。

 日が流れた。俺が便所にこもっているとき、視線を下から感じた。

 鼻の無い虚ろな目が下から俺を見上げていた。加えて汚れた刃が光ったのも。


 凶刃を振り回す男に私は告げた。

「お前ほどの男がもういない主人に義理立てる必要もない。ましてや今更かたき討ちなど何の役に立つ? 今なら仕官の道もあろう」


 奴は汚物にまみれながら吠えた。

「だが、私を愛してくれたのも、用いてくれたのも主人のみ」

 奴を斬首しようとする部下に俺は告げた。

「ただの狂人の戯言。解放してやれ」

 ただし。俺は奴に告げる。

「次は斬る」

 日は流れ、俺の記憶の鼻にヤツの表情が見えなくなるほど時が流れた。

 俺は奴が今だどこにも仕官していない事を知った。

 そして部下に言われるまま奴に逢いに行くことにした。供の者を複数連れて奴を訪れた時、ヤツの姿は酷いモノだった。



 身体中を覆う痕。節くれだった手、ギラギラと光る瞳に削げた鼻。

「お前を雇いに来た」

「お前を殺すために生きてきた」

 躰を覆う痕は病ではなく、俺を襲うため自ら身体に漆を塗って病人を装ったものだった。

 凶刃を振り回す姿に説得は無理と悟った。

 奴を殺すという部下の言葉を制して彼に告げた。


「前にも言ったが、今度は逃さんぞ」

「かまわん。だが願いがある。せめてお前の服を抱いて形だけでも仇を討たせてくれ」


 コイビトを抱く乙女のように俺の衣服を抱き、刃を突き立てる。

 ごろり。後ろから部下が彼の首を跳ねた。鼻の無い顔が俺を睨む。

 そう睨むなよ。この時代だ。俺もいつかお前の後を追うさ。

 俺はつんと沁みる鼻を天に向け、ヤツの冥福を柄にもなく祈った。

 奴の忠義の物語は俺みたいな奸臣の話題と違い今でも残っているらしい。

 本当に。……世の中ままならないもんさね。

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