太陽のように
突然だが太陽は地球から149,600,000 km離れているという。
「太陽はこんなに近く感じるのに都は遠く今だ見えぬ。か」
「なんだそりゃ」
不思議そうに問いかける相方に俺は苦笑い。
「中国の詩人さ。李白」
「へぇ。リハクなら俺でも知っているぜ」
合点がいったようなので話の続きを始める俺。
「『遥かに長安の日を望めども 長安の人を見ず 長安の宮闕は九天の上』っていうのさ」
「おい。俺の日本語能力でわかる範囲で言えよ」
あはは。しかしここから見ると大迫力だな。
「えっと、長安って昔の中国の都があってな。直訳すると中国の皇居は世界の中心にあるんだが……うん? ああどうも俺の国では別途解釈されているな」
「はぁ」
まぁいいや。とにかく故郷に早く帰りたいって歌のモチーフになっているんだよ。土佐日記だ。ほら、ライブラリにあるだろ。
「俺のライブラリはジャパニメーションの美少女専門なんだよ」
「あんな目玉オバケの何処が良いのさ」
「アレを始めたのはマンガの神様なんだぞ」
ほんと、お前のライブラリは偏っているよな。人のことは俺も言えないが。
「『吹く風の 絶えぬ限りし 立ち来れば 波路はいとど はるかなりけり』と続くのさ。
吹く風が絶えない限り波は立つので船が出せない。早く故郷に帰りたいという船旅の歌さ」
「お前は本当にどうでもいいことに詳しいな」
「お前の国より歴史があるからな」
「言ったな」
「しかし『風』が無ければ俺たちの『船』は出せんぜ」
ケタケタと笑い合う俺たちは『帆』を調整しながら進む。
遥か昔に俺の先祖たちが開発したソーラーセイルシステムは今や一般的なエキストリームスポーツの一環となっている。
俺と相棒はかつてIKAROS。太陽に近づきすぎて死んだという伝説にちなんだ名前の実験機の後継になるその機体を操るレース中だ。尤も学科の合間だから無人機だが。
「この臨場感が凄いな」
「VR技術は進歩する一方だからな」
俺たちは数年をかけて金星フライハイを行い、太陽を目指す。
学科の合間合間だが中間進行で課題を達成すれば少額ながらも資金が出る。参加者は皆必死だ。
俺たちから見れば巨大だが宇宙から見ればあまりにもちっぽけな蛸たちは太陽の風に吹かれて空を舞う。
「ヴィーナスに振り回される男みたいだな」
「言うなよ。ジェシカの事だろ」
レースと学科に夢中で見事にフラれた。
全く持ってなさけない限りだ。アレは痛恨の事態だった。
「星なんて空を見上げりゃいくらでもあるさ。くじけるな」
「太陽は俺にとって一つだけさ」
近いと思っていたら遠く離れていた。痛恨の事態さ。
「輝きは小さくても、太陽の影になって見えなくても。
月のように昼も夜も一緒にいてくれたらそれでいいって考えてくれる奴もいるさ」
「詩人ダネェ」
「なぁに。お前には負けるさ」
奴は気持ちよくウインクしてくれた。そんな奴さんの頭はお月さまのようにツルツルでお日さんみたいにピカピカなスキンヘッドだったのさ。




