夢の終わる時
「ごめんな」
そっと彼は私の身体に触れた。
私は知っている。彼の指先の感触を。
優しく私を包む掌、興奮のあまりかかる息の香り。激論を交わして飛ばす声。柔らかで時々ジョリジョリする髭。
足を棒にして、時には足を引きずって私と共に野山を駆け回り、時として街に操りだしてはしゃいで笑ったこと。命がけの冒険を共にしてきたこと。
夢を語るあなたの瞳も、素敵な声も。私は大好きだ。
大好きだった。
そう。私たちは別れる。
だけど泣かないでほしい。
この終わりは私も解っていたことだから。
ちょっとだけ、ちょっとだけ気付くのが遅かっただけ。最後に彼と私は触れ合う。いつものように彼は包み込むように優しく。優しく。
捨てるのに。捨てられるのに。私たちはその瞬間まで愛し合う。
夢を共に見ていた日々を振り返り、愛し合う。
見ることが叶わなかった夢を思い出して、涙を流す。
「あいつに子供が出来たんだ」
そう。私はあなたの子供を産むことは出来ない。
「もう、写真は辞める」
それがいいよ。子供さんを大事にしてね。あなたの腕なら大丈夫。携帯のデジカメでも素敵な笑顔が撮れるから。私が保障する。
涙は出ない。彼の甘いため息が私の涙の代わり。
朝もやの中、私は『仲間たち』と旅立つ。無への旅に。夢の無い夢の先に。
でも私たちは知っている。彼との別れも一つの愛情なのだと。
彼の抱いていた夢は、いつの間にか彼の新しい旅路を妨げる悪夢へ変わっていたのだと。
「ごめんな」
いいの。だから奥さんを大事にね。
あのときの学生さんが、お小遣いを必死で貯めて私を買ってくれたこと。そこから始まった物語は私の内にもあなたの内にもある。
そしてそれは、悪夢にしてはいけない夢だから。
彼は慣れないスーツを身にまとい、新しい夢を追う。
現実を見なければ素敵な夢は見れない。停滞する夢は過去の夢でしかない。
それは解っていた。解っていたから私たちは別れることができる。
彼が去ろうとするとき、薄汚いトラックがやってきた。
違う国の言葉を話して私たちを拾おうとする。そこに彼がやってきて言った。
「頼むから、持って行かないでくれ。このままゴミとして捨てさせてくれ」
そう。それでいい。しばらく揉めていたけど警察がやってきて私たちは大きなゴミ搬送車に入っていく。
ばき。ごき。ぐしゃ。
さようなら。あなた。
さようなら。私たちの夢。
こんにちは。
あなたとあなたの大切な人の未来。
そしてこんにちは。新しい夢。
※ 別に特定の業者の方を非難しているわけではありません。あしからず。
作者は『壊れていないモノを拾って売って何が悪い』という言葉には否定できません。
同じように『そこで完全に消えたい。消したい』という気持ちもあっていいと思うのです。
何時も大型ゴミの前に業者さんのトラックが止まっていて捨てたものを端から持っていくのを見て、黒歴史を捨てるに捨てられない作者の言い訳です。




